着地点
■例文から
◆9
「チーズバーガーのセットです」
店員にポテトとドリンクはおまけ、みたいな顔でお盆を突き出された。リリアンがバイトしてるから来たっていうのに、知らないお兄さんに応対されているこの始末。
俺が掴んだ硬貨が手から床に滑り落ちた。冷静に転がる前に踏みつけ、動きを止める。
「すまん。これは落ちる運命にあったコインなんだ」
「運命ならばしかたありません」
これは神父みたいな店員だなと思った。ポテトとドリンクはおまけみたいな顔を崩さない。安定感のある返答に恐れ入った。
俺に足りない物を平然と見せつけられた気がする。今日足りなかったのはそれだ。間違いない。
######
昼休み前の授業。俺はもっとも安眠できる先生を活用した。
睡魔によって窓際の生徒一同は陥落済み。教科書を開いてカモフラージュも万全。人目が少なくなったタイミングで、俺は消しゴムをそっと落とした。
リリアンは隣の席で授業を聞いている。彼女は睡魔を一掃してるようだから、板書も完璧に写しているだろう。
床に転がる消しゴムを、リリアンの視線が追った。絶妙に加減されたコントロール。机の足元を狙い撃ちしたからリリアンの善意を覚醒させるはずと確信していた。
俺と目が合った。何かしらの合図を出そうかと思ったが、それでは下心に満ちてしまう。リリアンに拾って貰わなければ意味がない。
安眠できる先生の隙を狙って、俺は消しゴムを拾った。
間が長すぎる。これ以上は耐えきれない。リリアンも早々に板書を再開していた。
昼休みのチャイム鳴った。生徒たちが教室を飛び出し、学校が揺れている。
俺はどうにも動く気分になれなかった。ちょっと消しゴムを拾いすぎた気がする。安眠できる先生に隙がありすぎるのがいけない。つまり悪ということ。
落ち込んでいる俺の前に、リリアンが立っていた。いつか誰かが言っていた名言を思い出す。努力は報われると。俺はラッキーに恵まれている気がした。
リリアンが俺の消しゴムを手に取った。床ではなく机の上から。
一呼吸置く。
ブチィイ、と無造作に消しゴムを二つに引きちぎり、淡々と呟いた。
「これはトムの分で、これもトムの分」
「…………」
「ボールペンにしたら?」
無残な事になってしまった残骸が机に置かれた。
戻らない消しゴムの修復作業で、俺は昼休みを潰せると思う。
######
「お客さん」
夜の街はライトで照らされていた。店内にいた客は家路につき、店員たちは後片付けに追われている。
「……リリアン」
「閉店です」
デジャブだ。昼間もこんな光景を見た。学校のリリアンはこんな営業口調じゃなかったけど。
「頼む、チーズバーガーは引きちぎらないでくれ」
昼間の事で神経質になっていたから、ろくに手を付けていなかった。ポテトとドリンクは食べ終えている。
危機感に包まれ俺に対し、リリアンは慣れた手つきでチーズバーガーを紙で包んだ。
「床に落とすのはの無し。掃除したくない」
「…………はい」
――――これは家で食べよう。今は冷めていても温めれば美味しく頂ける。
俺は小さく頭を下げ、店を出た。
リリアンは定式のように頭を下げ、営業口調で言った。
「ありがとうございました。
またお越しくださいませ」
■
●前々回の例文7と似たタイプの省略方法を使いました
一場面丸ごと挟み込んで、トムが飯を食べる場面を省略
あとは今までのやった事を色々やってるくらいです
練習問題ということで、意欲のある方は探してみてください
残りは省略方法の注意点を述べて、締めさせて頂きます
基本的に、物語がある程度温まったポイントまで粘り、省略を使います
『今日足りなかったのは大体それだ』
とか
『戻らない消しゴムの修復作業』
付近が分かりやすいかもしれません
漠然とした言い方になりますが、惹きが無いと物語が平坦になります
緩急が怪しいと思う方は、省略の位置や物語が温まるポイントを見直してみるといいかもしれません
場面や人物を挟む時にストーリーが逸れる場合があるので気をつけてください
フラグやフラグ回収、回想などのコンボができるケースがあります
上手く活用して物語を見失わないようにしましょう