俺たちは時空を超える
■例文は一つ
◆7
「ジムー!」
書斎からマスターが呼びかけた。黒ずんだ木材の柱、古書が壁一面に並ぶ部屋である。
足取りを軽く響かせたあと、書斎の扉からジムが顔を覗かせた。
「稽古は終わったでしょ」
「窓を開けて欲しい。あと紅茶」
マスターは椅子に腰掛け、古書を流し読みしていた。窓からの日光は読書には丁度いいらしい。
ジムは首を傾げる。
「ご自分で開ければどうですか? 紅茶は俺も飲みます」
「ガラスを散らかしたくない。全開で頼む」
察しろと、マスターが目配せした。ジムは怒鳴られそうな気がして、納得いかないながらも窓を開放。庭園からの風が吹き込み、古書のページが捲れていった。
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『光の尾。長き事この上なし』
詠唱。
山の尾根から密かに紡がれる。
『意志、行動、知恵。これら全てを編み束ねん』
女は輝く槍を手にしていた。
霧が下りる岩場を足場に、投擲を構える。
体は軸、全身は砲台。
全身の力を腕の一点に集中させ、一挙に解き放った。
『――――三槍』
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「砂糖はどうした」
椅子に腰掛け、マスターが紅茶を飲みながら尋ねた。書斎に紅茶の香りが漂っていた。
ジムも紅茶を飲んでいる。ただし、立ちっぱなしで。
「俺は砂糖入れない派なんで。紅茶は渋い方がいい」
「お前、昨日はスプーンに一杯砂糖を入れてただろ。一昨日もそうだ」
「俺は過去の自分を振り返らない派なんで。毎日は新鮮な方がいい」
堂々と言い訳してくるジムに、マスターは呆れて返す言葉もなかった。砂糖を忘れたのは目に見えている。
マスターは開きっぱなしの古書を閉じ、椅子から立ち上がった。
「ジム、窓の前に立ってくれ。その方がイカしている」
「はい?」
「窓の前だ。お前は魔剣も常備してるから、いい構図になる」
「俺以外がこの魔剣に触ったら全身ただれるので」
ただれないし、無害な嘘なので、この場ではそれで押し通した。マスターの言うことはよくわからない。砂糖を忘れた件はなかったことにしてくれるようなので、ジムは素直に窓の前に立った。
マスターが窓とジムの延長線上に並ぶ。
「若い頃、バッティングセンターに行ったことがあった。野球のルールなんか全然分からなかった私は、攻撃してくるピッチングマシーンにピッチャー返しをするものだと信じてやまなかった」
「はあ。弁償は?」
「高く付いた。まずはルールを知らねばならないと、私は学んだ」
空の向こうで何かが光った。雲が散り、音速が置き去りにされる。
「マスター、これヤバイやつじゃ……」
「空振りは無しだぞ」
■
●時間と空間を省略
最初のシーン、マスターがジムに紅茶を入れるように言う場面があります
このとき、小道具に紅茶はありません
次のシーン、女が山から攻撃します
ここで読者の意識をジムから逸らしました
次のシーン、ジムとマスターが紅茶を飲んでます
実際には必要な「紅茶を準備するシーン」が自然と省略されています
ジムが黙々と紅茶を入れる話を面白くする自信はありません
■まとめ
場所、時間を省略する技がある
省略すれば「面白い場面」「つまらない場面」を選べる