元の世界では風紀委員をしておりました
海と森に囲まれた街の女子校に、私は通っていた。
進学校とは名ばかりで、全国の模試でも学校の成績はそんなに上ではなかったし、でも先生たちも受験期以外には勉強しろってうるさく追いかけてくることもない。
のほほんとした先生たちと、同じくらいのほほんとした生徒が多い学校。
だけど、先生たちが私たちを追いかけてくるとすれば、それは校則を破った時だった。校則には厳しい学校。
スカート丈は膝下、学校指定の靴下、リボンの結び方、上履きは履きつぶしてはダメ、もちろん制服の改造なんて論外も論外。
そんなだったら皆こぞって校則を破りそうなものなのに、意外にもほとんどの人たちは大人しくそれに従っていた。
多分ことを荒立てるのを誰も望まなかったからだろう。
個性を主張する場なら、他にもいくらか用意されていたから。たとえば行事や委員会、部活なんかで。
かくいう私も、
「室井委員長。ちょっといいですか?」
「うん?どうかした?」
もじもじと何か言いにくそうにしてドアの影に隠れるようにして立っている後輩を手招きして、教室に招き入れる。
「あの、実は今月末までに廊下に貼るように言われていたポスターなんですけど、今月は試合もあって忙しくてそれで…」
「あぁ、終わらなそう?」
話が長くなりそうなのを察して途中で優しく中断させる。
「いいよ、余裕見て言った締切だから、来月の頭までで大丈夫。それならできそうかな?」
「は、はいっ!がんばります!」
「うん。無理だと思ったらギリギリになる前に一度相談においで。いや、その前に誰かに頼んで一緒に作ってもらったら良いよ。締切に間に合わないくらいなら迷惑と思っても助けてもらうほうが実はずっと迷惑じゃなかったりするものだと思う」
私の言っていることを正しく受け取ったのだろう、彼女は少し肩を落として「はい」と頷いた。
最初の締切に間に合わなかったことは本当に気にしなくて良い、そう再度伝えて彼女を教室に帰らせる。
私も彼女が出て行って割とすぐに教室を出て、書庫に向かった。
さっきの子を信用していないわけではないけど、もしもポスターが間に合わないようだったら、代わりを用意しておいた方がきっと安心するだろうし、昨年使っていたものでもあった方がマシだろう。確か書庫にまだ残っていたはず。
ちなみにポスターは通学マナーに注意を呼びかけるもので、貼らないと困るようなものじゃない。ただ、廊下にある掲示板にスペースが空いてしまったままでは寂しいのでポスターを用意することが決まったのだ。
私はこの委員の仕事を気に入っている。目立つような仕事じゃないけど、皆の学校生活が快適になる手伝いをしているようで嬉しい。
「和叶って名前ぴったりだよね。和みを連れてきてくれる感じ」
親友が言ってくれた言葉で自分の名前も好きになれた。
個性をこんな風に発揮できるって幸せだなと思いながら、私は書庫のドアを開ける。
途端、かび臭い匂いが鼻をつく。ちょっと、どれだけ放置してたっていうんだろう。学校の中にこんな場所があるなんて風紀委員としては放っておけない。けほけほと咳をして顔を背けるけれど、今度は埃で目が痛くなる。ぎゅっと目を閉じて埃が収まるのを待った。
鼻がムズムズしなくなってから、恐る恐る目を開けた。
視界が途端に開けたけど、目に飛び込んできたのは使われなくなった資料の山…ではなく、一面の砂漠でした。
「え…ちょっと、どういうこと」