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「覚悟しろ、ね。まあいいわ。その台詞、エヴァにもそのまま返してあげる。そう簡単に私を落とせるなんて思わない方がいいわよ。覚悟しなさい」
金色の瞳の中に移る自分の姿を見つめながら、八重は答えた。
「貴女が一筋縄ではいかない女性だということは昔からわかっていますので、ご心配なく。ところで我が国で暮らされるにあたり、何か要望はありますか?」
「んー、そうね。まず、城下に家を用意してちょうだい。一人で暮らすんだから、こじんまりした小さな家で構わないわ。
あと、働かないとご飯食べられないから職場も用意して。一応、日本では事務員やってたし、学生時代は店員のバイトをしたこともあるから事務系か販売系希望ね。
それと……ああ、大事なこと忘れてた。私がバカヤーロを倒した元勇者だということは秘密にすることも忘れずにね。とりあえず本名を名乗ると元勇者だってばれるかもしれないから、適当に偽名と身分証を作ってもらえるとありがたいわ。それを召喚されたときに部屋にいた連中に徹底すること。
もし連中の口から私の正体がばらされるようなことがあれば、問答無用でさよならするわよ」
エヴァンジェリスタの問いかけに少し考えるしぐさを見せたかと思うと、八重は一気に思いついた希望を口にした。
「待ってください、ヤエ。あなたの要望はあまりに突飛過ぎます。私のことを知っていただくには城内に留まってもらわなければなりません。貴女を召喚させていただくにあたり、王宮内に部屋を用意していますのでそこで生活してくださいませんか? 私も皇帝という立場上、頻繁に城下に出ることは叶わぬ身です。貴女が城下に降りられると会うことすら叶わなくなります。どうか譲歩してください」
膝をついたままの体勢で頭を下げるエヴァンジェリスタに八重は苦笑する。
一国の主がこうも簡単に頭を下げていいのだろうか? これを第三者が見ていたら『無礼者っ』と言われて手打ちにされそうだ、と本気で思った。
もちろん、そんなことになったら全力で返り討ちにしてしまうだろうが。
「仕方ないわね。エヴァに頭を下げてまでお願いされたら“イヤ”だなんて言うわけにはいかないわ」
「ありがとうございます」
「その言葉はまだ早いわよ。お城で生活することは承知したけどた、仕事は用意してもらうわ。昔はバカヤーロを倒すという使命があったから無料でご飯を食べさせてもらうことに罪悪感はなかったけど、今回は使命なんて何にも与えられていないんだからちゃんと働かないとね」
「そんなこと気にしないでください。貴女は私に無理やり召喚されたのですから、仕事などなさらずとも私が責任を持ってお世話させていただきます」
「それについては、ハッキリキッパリ断らせてもらうわ。衣食住のうち住は受け入れるとしても、それ以外を受け入れたら対等な立場じゃなくなって断りづらくなっちゃうもん」
「断りづらく、ですか……私はそちらを希望しますが、私の希望を受け入れてはもらえませんよね」
「当たり前でしょ」
あっさりとした答えに深いため息が自然と出てくる。
「仕方がありませんね。ヤエのご希望通りにさせていただきます。ですがどのような仕事をしていただくかは少し考えさせてください」
「ちゃんと仕事を用意してくれるんだったら十日くらいは待つわ。侍女見習いでもなんでもするから、気楽に考えて用意してくれていいわよ。ただし先にも言ったけど、仕事をするにあたってヤエ・トオノなんてこの世界にありえない名前は使わないわよ。とにかく偽名で働くからこちら風の名前を適当に見繕ってつけてちょうだい」
本人はわかっていないようだが、誰が見ても女王様然とした態度で八重はエヴァンジェリスタに告げた。
「わかりました。すべて貴女のおおせのままに、我が女神」
もとより彼女に心を捧げているエヴァンジェリスタは、不遜な彼女の態度に怒りを感じることもなくうなずくと彼女の手を取り、持ち上げた手の甲にそっと口付けを落としたのだった。
とりあえずこれにて第1章は終了です。間章を一話挟んでから、第2章に入ります。