6
臣下の目も憚らず―――というより、あえて彼らに見せつけるようにして、エヴァンジェリスタは八重に求婚した。
しかも彼の取った形式は最近では滅多に見られなくなった、貴族の男たちであれば成人直前に形だけは一応学ぶがほとんど誰も使わない、正式な形での求婚方法だったことが、その場にいた者たちを驚かせたのである。
求める女性に膝を折った上で両手を取り、その甲に口づけた後、額を口づけた甲に押しつけ相手の返答を待つその形式は、まさに“愛を乞う”形だ。
年配の重臣たちは、八重に対するエヴァンジェリスタの執着をずっと見続けてきたため、彼が人目も憚らず自分たちの前で求婚することに驚いただけだったが、若い者たちはそうはいかない。
望めばどんな美姫でも手に入れられるファーノ帝国皇帝が(確かに見た目は目を見張るほどに美しくはあるが)どこの誰ともわからぬ女性に愛を乞うなど信じられなかった。
しかも彼女に対する皇帝の姿は、彼らの知る威厳に満ちた大帝国の支配者のものとはまったく異なっていた。常に厳しく周囲を威圧していた金色の瞳はやわらかな輝きを放ち、支配者然とした命令口調はなりを潜め、彼女の無礼ともいえる行為をすべて容認し、あまやかな声で彼女に話しかけるのだ。
しかしそんな彼に対する八重の反応は、彼女を知らない者たちに決して好印象を抱かせるものではなかった。
皇帝に対する態度も言葉づかいも決して淑女のものではなかったし、恐れ知らずにも皇帝に手を挙げるという暴挙にまで出ているのだ。
魔力は強いようだが、皇帝自らが望んだとしても皇妃に相応しいと諸手を挙げる気には到底なれないと若い者たちは各々考えていた。
一方、求婚された八重はというと、エヴァンジェリスタの額の温もりを手の甲に感じながら、その場で鋼のように硬直していた。
『けけけけけっ、結婚!? わたしがエヴァと?』
頭を下げるエヴァのつむじを見つめていると、突然頭の中に二人の結婚式のイメージ(現代日本バージョン)が浮かぶ。
純白のタキシードを身に纏ったエヴァの隣に、やはり純白のウエディングドレスを纏った自分が並び立っている姿だ。
『いやいやいや、ありえない! 別に年の差婚を否定するわけではないけど、わたし的にはあり得ないよ。いくらなんでもアラフォーなわたしがエヴァみたいに若くて超絶イケメン王子様の嫁になるなんて絶対無理~』
三十八歳になった今でも“二十歳そこそこにしか見えない”と影で化け物扱いされているほどの童顔とはいえ、さすがに十も年下の男性と結婚するなどと考えたことはないのだ。
『ここはやはり、腹を括ってこちらから話を切り出すしかないか……』
いつまでもだんまりを通すことなどできないと判断した八重は、一度大きく深呼吸をすると彼に向き合うことにした。
「エヴァ。返事はひとまず保留ということで聞きたいんだけど、あなたの今の年齢はいくつなの?」
八重が問うとエヴァンジェリスタはようやく顔を上げ、彼女を見た。
「今日、二十八になりました」
「今日って…え? 今日、誕生日なの?」
嬉しそうに「はい」と彼が頷く。
「そうなんだ。じゃあ、まずは“お誕生日おめでとう、エヴァ!”だね。しかし二十八か。初めてあった時の年の差のままの状態で召喚されたってことね。どうせなら、もっと若いうちに喚んでくれればいいのに……それにしてもエヴァってば若造りね。二十八には見えないわよ」
「ありがとうございます。でもヤエもとてもお若く見えますので、年の差など何の問題もにもなりません。本当に、目を見張るほどに綺麗だ」
―――…!
面と向かって言われたことのない言葉に思わずドキリとする。
『すごいわ、エヴァ。殺し文句を平然とした顔でサラリと口にできるなんて、なんて恐ろしい…この顔に微笑まれて綺麗だか言われたら、ほとんどの女が落ちるな、きっと。でもやっぱりわたしは無理だわ』
そんなふうに考えながら、
「褒めてくれてありがと。でも、エヴァ、わかってる?」
「わかっているとは何をです?」
「昔と同じ年の差ってことは、わたしがすでに三十八歳のおばさんになっているってことをよ」
八重の言葉に若い重臣たちが凍りつくが、それ以外の者たちは驚くことなく彼女を見つめる。
「もちろん承知しています。私とヤエは十歳違いですから。それが何か?」
八重の年齢を聞いて驚くでもなく、完璧にスルーしてしまう。
『それが何かって…そんなふうに聞き返されるとは思ってもみなかったわ』
「だーかーらー、年の差ありすぎでしょ? 男女逆ならともかく、わたしとエヴァでは悪い意味で目立ちすぎると思うのよ。だっておばさんよ、お・ば・さ・ん。王子様の隣に立つには薹が立ちすぎてるでしょうが」
「大丈夫です。貴女の見た目は別れた時と同じにしか見えません。充分に若いですよ」
眩しい笑顔が向けられる。
まさにキラキラ王子様だ。
「若いといわれて悪い気はしないけど、別れた時って二十歳よね。いくらなんでもそれはありえないでしょ…そこまで童顔に見られているなんてショックかも。せめて二十五、いや三十歳くらいには見られたかったな…って、そんな話はどうでもいいのよ! 目下の問題は結婚のことよ、結婚の!」
エヴァンジェリスタの表情が引き締まる。
皇帝となって以来様々な問題に直面してきたが、これほど緊張したことはいまだかつてなかった。
じっと八重の黒い瞳を見つめるエヴァンジェリスタ。
そんな彼に八重は深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。やっぱり結婚はムリ。王子様の花嫁だなんて、私には荷が重すぎます。ごめんねエヴァ」
十八年前にきちんと結婚の約束を取り付けたのだから、エヴァンジェリスタは断られるとは思っていなかったのだが、まさかの返答にその瞬間、彼の呼吸がピタリと止まった。
わかりにくい文章になってしまっていて大変心苦しいのですが、再召喚時の二人の年齢は、『八重→三十八歳』『エヴァ→二十八歳』の設定です。
一度日本に戻った時に八重が二十歳→十六歳に戻っているのでとてもややこしくなっていると思いますが、上記の『 』内の年齢で話を進めております。
なぜエヴァが三十八歳の八重を再召喚したのかは、多分話が進んで行く中で明らかになるはずです。(別に大した理由ではないので、期待はしないでくださいね)
ホント、意味の通じにくい文章で申し訳ないです…ああ、もっと文章力が欲しい……と思わずにはいられません。