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(終宴)

◆吸血鬼Ⅶ◆


 オープンを来月に控えた水族館、その静かな排水路。

 そこには1人の人間と3人の吸血鬼がいた。

 1人の人間はジーンズにTシャツ、髪を短くザンギリにした少年だ。

 1人目の吸血鬼は男物のスーツを着込んだショートボブの女性だ。

 2人目の吸血鬼は白髪をカールさせた令嬢のような少女だ。

 3人目の吸血鬼は、破れた制服を着ている髪を上げた少女だ。

「どうして、こんなこと、に……?」

 人間の少年、カズヤはただ愕然とするしかなかった。

「お兄ちゃん、どうしよう」

 空佳は泣きそうな表情でカズヤを見る。

「彼女の力、どうみますか?」

 一方、ハルカはアンリエッタに問いかける。

「《隠身》の能力を使っていたわ。第4世代だったらきついわね、第4世代の【ノスフェラトゥ】相手じゃ、正面を切っての勝ち目はないわ。今回のケースでは彼も盾になりそうにないし」

 アンリエッタはカズヤを指差す。

「空佳、大丈夫だ。安心しろ。空佳は空佳のままじゃないか」

「お兄ちゃん……」

 空佳は2歩、3歩と兄に近付いていく。

 だが、近づくにつれて、カズヤは妹の異変に気付いた。

 顔の一部やお腹の一部などが鱗で覆われているのである。

「空佳、その体!?」

「ごめんね、お兄ちゃん。歪みとか爪とかは治せたけど、これは治らなかったの」

 まるで爬虫類か魚類のような鱗を持つ空佳は涙目にそう言った。

「本当に、吸血鬼になっちまったんだな……」

 カズヤは妹の異貌を見て、再度ショックを受けた。

 そして、振り向いてハルカとアンリエッタに質問をする。

「なあ、空佳を元に、人間に戻す方法はないのか?」

「無理です。吸血鬼は人間とは違う存在。もう別の種類の動物です。吸血鬼が人間になるのは、猿が犬になるようなものです」

 ハルカはばっさりと切り捨てる。

「吸血鬼になった以上、吸血鬼として生きるか、吸血鬼として死ぬかしかありません。そのどちらを選ぶかは、普通、吸血鬼本人に委ねられます」

「そんな……」

 カズヤは言葉を失う。

 だが、空佳は意外と動じていなかった。

「お兄ちゃん、大丈夫だよ。空佳、吸血鬼でもお兄ちゃんと一緒なら平気だよ」

 顔の鱗を鋭い爪でひっかきながら健気なことを言った。

 よく見ると、犬歯も異様に長い。

「そうか……空佳は空佳だもんな」

「うん♪」

 兄妹はお互いの大切さを確認し合った。

 だがここでカズヤはふと気づく。

「なあ、吸血鬼ってやっぱ血がないと生きていけなかったり、夜しか動けなかったりするのか?」

 カズヤはハルカに問いかけた。

 ハルカは答える。

「ええ。彼女は昼間歩くことはできないと思います。太陽の下を歩いたら塵と煙になってしまうでしょう。そして、吸血衝動もあります」

「吸血衝動って、どれくらいなんだ?」

「それは……」

 その質問に対して、ハルカは回答を言いよどむ。

「それくらいよ、少年」

 代わりにアンリエッタが指を差す。

 カズヤは指さす方向をじっと見つめる。

 そこには、蛍がいた。蛍だったものがあった。

「ま、まさか、蛍を殺したのは!?」

「ええ、君の妹よ。おそらくね」

 アンリエッタははっきりと言った。

「そうでしょう。妹さんからは血の匂いがします。間違いないです」

「……っ!?」

 カズヤは咄嗟に空佳の方を見る。

「……」

 空佳は何も答えず、うつむいた。

「他の派閥に比べて【ノスフェラトゥ】は吸血衝動や暴力衝動が強いとされています。おそらく妹さんは衝動に耐えられなかったのでしょう」

「衝動って……それはこれからも続くのか?」

「永遠に。滅びるまで」

 ハルカは真実を答えた。

「吸血、暴力、殺戮、嗜虐、それが【ノスフェラトゥ】の一員となったものが抱える、避けられない内なる感情よ」

 アンリエッタが付け加える。

「そんな、それじゃ、空佳は蛍ちゃんみたいな犠牲者を出し続けるってことなのか?」

 カズヤは振り返って彼にとって大切な人間だった蛍の遺体を見つめる。

「その通りです」

 ハルカは事実を隠さない。

「い、一体どうすれば……」

 カズヤは文字通り頭を抱えた。

「お兄ちゃん」

 その時、ずっと黙っていた空佳が言葉を発した。

「私、生きたい。吸血鬼でも【ノスフェラトゥ】でもいいから」

「で、でもそのために蛍ちゃんみたいな犠牲者を出すんだぞ! 友達だったじゃないか。お前だって!」

「お兄ちゃん、私が死んでもいいの?」

「いいわけないだろ! でも……」

 カズヤは声を荒げる。そして沈黙する。

「さて、どうしましょう」

 ハルカは小声でアンリエッタに話しかける。

「彼女が第4世代の【ノスフェラトゥ】であることは間違いないわ。このまま滅んでもらうのが一番よ」

「そうですね……」

 そう言うと、ハルカはカズヤに告げる。

「もし、彼女の滅びを望むのであれば、最小限の苦痛で滅ぼしましょう。吸血鬼という業から解き放つことができます」

 ハルカは詭弁を語る。自分は吸血鬼を業だとまったく思っていない。

「空佳……」

 カズヤは空佳をじっと見つめる。

「お兄ちゃん……」

 空佳はカズヤをじっと見つめ返した後、宣言をした。

「私、絶対に滅びないよ。お兄ちゃんと生きるもん!」

 そして、次の瞬間、空佳の姿が消えた。

ドガシーッ

 排水路に、突如として肉が弾み、骨が軋む音が鳴り響く。

「ぐはっ」

「くっ……」

 一瞬にして、ハルカとアンリエッタ後方にが吹き飛ぶ。

「なっ!?」

 カズヤは唖然とする。

 一瞬で姿を消した空佳が、2人を蹴飛ばしたのだ。そのスピードもパワーも人間をはるかに超越している。

 だが、カズヤが驚いたのはそれだけではない。空佳の体に変化が起きたのだ。全身の筋肉が隆起し、白い爪が長くのびる。顔も筋肉はひきつり、鱗の面積が増える。

 そう、空佳は化け物と化したのだ。

「ま、空佳その姿は!?」

「ごめんねお兄ちゃん。あの2人を殺したらすぐに戻すから。頑張って戻すから!」

 そう言いながら爪をさらに伸ばす。

「《瞬動》に《剛力》、さらにいくつかの能力を発動しているようですね。アンリエッタ、どうにか……なりますか?」

 蹴られたボディを抑えながらハルカが問いかける。

「ちょっと厳しいわね。準備があれば9人でも殺せる。でも、準備がなければ1人も殺せない。それが、【ドラクル教団】の魔術だから」

 同じくボディを抑えたアンリエッタは立ち上がる。

「まだやりますか? これ以上余計なことお兄ちゃんに言うと、今度こそ殺しますよ?」

 空佳は爪を2人に向ける。

「……」

 アンリエッタとハルカは目くばせをする。

 そして、動きを止める。これ以上の抵抗は難しいとの判断からだ。

「そう、そのままじっとしていればいいんですよ」

 そう言うと、空佳は、異貌の空佳はカズヤをじっと見つめる。

「お兄ちゃん、お願い」

「な、なんだ」

 カズヤは妹の変貌についていけない。戸惑うばかりだ。若干の恐怖さえ感じている。

「お兄ちゃんも、吸血鬼になってよ」

「え!?」

 カズヤは驚きの声をあげる。

「それはダメです!」

 さらにハルカも咄嗟に声をあげる。だが、それは間違いだった。

ドガシーッ

「ぐは……ぁっ」

 一瞬で移動した空佳の蹴りがハルカを水路に叩き落とす。その一撃は骨を砕く音を伴っていた。水路に叩き込まれたハルカはそのまま流されていく。

「余計なこと言わないでって言ったでしょ?」

 空佳はそのままアンリエッタにも視線を向ける。

「……っ」

 アンリエッタはハルカを助けに行きたいが、空佳の視線を受けて、体がすくんで動くことができない。

「お兄ちゃん、私と一緒に生きて……」

 空佳はじっと兄を見つめる。

 だが、カズヤは振り返り、蛍を見た。

 そして、きっぱと言った。

「俺に、あれはできない。友達を犠牲にするかもしれないことなんて、できない」

「友達じゃなければいいの。私だってそうだったもの。蛍さんは友達じゃなかったから」

「そんな、そんなこと、ないだろ!?」

「ううん、本当。螢さん、友達じゃなかったよ?」

 空佳は筋肉がひきつった顔をくしゃりと歪めて笑う。 

「さあ、お兄ちゃん」

 そして、空佳は足を踏み出し、兄に近付く。

「嫌だ、俺は嫌だ!」

 カズヤは後ずさりする、しかし次の瞬間、《瞬動》を使った空佳が目の前に現れる。

 空佳はそっと兄を抱きしめた。

「大丈夫。お兄ちゃんと私は2人で、ずっと生きられるから」

 そして、空佳はカズヤの首に犬歯をあてがった。

「っ、今こそ燃えよ《火葬》!」

 アンリエッタがそのタイミングを見計らって叫ぶ。

 すると、カズヤの懐に入ったタバコの箱が一気に燃え上がり、2人を炎に包む。

「甘かったわね。準備はしておくものだわ」

 そう言い放つと、アンリエッタはタバコを取り出して吸い始める。

 空佳とカズヤは火だるまとなり、燃え続けている。

「熱い、熱い、助けてくれ!?」

 カズヤの悲鳴が排水路に響くが、アンリエッタはまったく気にする様子を見せない。

 そのまま叫び続けるカズヤを無視して、流されたハルカを助けに向かおうとする。

「ふぅ……ハルカを助けないと」

 そう呟いて踵を返そうとした。

グサリ

 だが、それは叶わなかった。

 アンリエッタの体を鋭い爪が貫いたのだ。

「な、に!?」

 アンリエッタは顔だけ振り向かせて燃え尽きようとする2人を見る。

 すると、2人は紫色の粘液に覆われていた。

「あの大きな吸血鬼が使ってたの。これなら炎を防げるのね」

 グチョグチョの粘液はカズヤと空佳を完全に覆い、炎の侵入を拒んでいた。長老が使っていた《紫苑の皮膜》という能力である。

「ぐ、ぐふ……」

 アンリエッタは胴から血を流し、その場に倒れ込む。

「アンリエッタ!?」

 何とか自力で水中から這い上がってきたハルカがアンリエッタに声をかける。

 空佳も、苦痛に顔を歪めるアンリエッタに声をかける。

「後で滅ぼしてあげるわ。大切な抱擁の後でね」

 そして、空佳はカズヤが一度たりとも見たことがない、凄惨で酷薄な笑みを浮かべた。

「も、もうやめてくれ、空佳……」

 それを見たカズヤは泣きそうな顔になる。

「だーめ。お兄ちゃん。わがまま言ったら」

 そう言いながら、再度空佳は口を近づけ、カズヤの首筋に犬歯をあてがう。

 カズヤは逃れようとするが、《剛力》を発動した空佳から逃れられようはずもない。

 空佳の体は異様に冷たく、湿っている。

「お兄ちゃん、大好き……♪」

ズシ

 空佳の犬歯が兄の首にめり込んでいく。そして、トロリと血があふれ出した。

 空佳はその温かい血潮を吸い取る。口に含んで堪能する。

 このままカズヤは吸血鬼になるだろう。【ノスフェラトゥ】が2人になるだろう。自分達は滅びるだろう。アンリエッタとハルカはそう確信した。

 だが、それは違った。


「13番目の仔等に滅びを」

 

 昏い排水路に澄んだ声が響き渡った。

 第1世代の吸血鬼。

 吸血鬼殺しの使徒。

 その声が響き渡った。


「ん……?」

 空佳は吸血をやめ、顔を上げる。

 カズヤとアンリエッタとハルカも振り返る。

 4人の視線の先には、少女がいた。

 暗闇でも輝きを失わない金髪、小柄な体躯によく似合う赤いワンピース。そして、金色の大鎌を携えている。

「第1世代! こんな時に!」

 ハルカが叫ぶ。。

 少女はゆっくりと歩き出し厳かに告げる。

「この場にいるすべての13番目の仔等に滅びを」

 少女が最初に狙うをつけたのはアンリエッタだ。

 ゆっくりと近づいていく。

「《炎翼》よ!」

 アンリエッタは持っているありったけのタバコの箱を空中に投げる。すると、それら1つ1つが炎となり、鳥の形をとる。

「燃やし尽くして!」

 アンリエッタの合図と同時に鳥の形をした炎が少女に突っ込む。

 普通の吸血鬼なら直撃すれば燃え尽きるだろう。

 だが、アンリエッタの《炎の魔術》も第1世代の前には無力だった。

 無情にも、大鎌の一振りで発生した風圧が炎をすべてかき消す。

「なんて、こと……」

 アンリエッタは嘆息するしかなかった。

 少女はそのまま一気にアンリエッタに接近して大鎌を構える。

「アンリエッタっ!」

 ハルカの叫びが暗い排水路にこだまする。

「これはお終いね」

 アンリエッタが呟いた瞬間、大鎌が振り下ろされる。

 そして、アンリエッタの体は瞬時に寸断された。

 アンリエッタは血を吐き、その場に倒れ伏した。

「13番目の仔等に滅びを」

 少女はさらに鎌を振り下ろして、アンリエッタの首は胴を離れた。

 コロコロと排水路を転がるアンリエッタの首は、最期に呟いた。

「《幻炎》よ、ハルカをおね、が……」

「アンリ、エッタ!?」

 ハルカは悲痛な声をあげることしかできない。

 皮膚が削げ落ち、骨が崩れ、すべてが塵と煙になっていく。

 アンリエッタという名前の吸血鬼は、この世から姿を消した。

「アンリ、エッタ……」

 ハルカは、その場に崩れ落ちた。

「お兄ちゃん、どいて。あいつ危険だわ!」

 その様子を見て、空佳は兄から離れる。

「ダメだ空佳、逃げるんだ!」

 カズヤは血を吸われそうになっていたことを忘れて妹の身を案じる。逃げろと言う。

 だが、それは遅かった。

 空佳が《吸血の爪牙》を発動し、爪を伸ばそうとした瞬間、空佳の前に少女が現れる。

「えっ?」

 空佳が声を上げるのと同時に大鎌が幾重にも空佳を切り裂く。

 鮮血が飛び散り、鱗と肉片が宙に舞う。

「お、に、ちゃん……」

 だんだんと塵と煙に分解されるのを感じながら、空佳は兄に呼びかけた。

「空佳――――っ!」

 消えゆく空佳に手をのばすカズヤ。

 だが、掴んだのは破れた制服だけだった。

 空佳という名前の吸血鬼は、この世から姿を消した。

「ウソ、ウソだろ」

 目の前で二人の吸血鬼が狩られるのを見て、カズヤは唖然とする。

「空佳も蛍ちゃんも死んだなんてウソだろ……ウソって言ってくれよ!」

 カズヤは少女に叫ぶ。

「……」

 少女は何も答えない。

「こんな、吸血鬼なんている世界、全部ウソだろ!!」

「……」

 無反応な少女にカズヤはキレた。

「よくも空佳を!」

 カズヤは素手で少女に殴りかかる。

 少女はワンステップでカズヤの攻撃をかわす。

「お前がすべて悪いんだろ!」

 カズヤはなおも拳を繰り出す。

 だが、すべて少女は軽やかに避ける。

 そして、少女は一切反撃をしない。

 そのやりとりが3分ほど続いた。

「なんで、何も、してこねえんだよ!」

 カズヤは息を切らせながら叫ぶ。

 すると、少女は呟く。

「私は、13番目の仔等を狩るだけ。それだけの吸血鬼」

「人間様には用がないってかよ!」

 カズヤは石を投げる。

 少女は石を鎌で弾きながら呟く。

「人間は殺さない。だから、消えて」

「そうかよ、そうなのかよ……もうわけが分かんねぇよ」

 そう言ってカズヤは歩き出す。

 そして、攻撃の意志なく、少女の両肩に手を置く。

「空佳を返してくれよ。たった1人の家族なんだ」

 カズヤはいつのまにか涙を流していた。

「それは無理。私は狩るだけ」

 少女は淡々と答える。

「たの、むよ……」

 カズヤ少女にすがりつく。

 少女は、何も答えない。

 場を沈黙が支配する。

 ただ水音と機械の唸る音だけが暗い空間に響く。

「なぁ、お前の名前なんだよ」

 ふとカズヤは少女に訊ねた。

「ない」

 少女はそう答えた。

「私は7番目の使徒。それ以外の何者でもない」

「じゃあ、俺がつけてやる」

 カズヤはガッシリと少女の肩を掴んで言った。

「今日からお前の名前は空佳だ。そう名乗れ」

「まなか……?」

「そうだ。お前が何者かなんて知らない。でも、俺の妹を殺したことを忘れないためにそう名乗れ」

「まなか……」

 カズヤはさらに肩を強くつかむ。

「そうだ、お前は空佳だ!」

 そうカズヤが叫んだ瞬間だった。

ザスッ

 少女の胸から突起物が生えた。

 否、少女の薄い胸板を何かが貫いた。

 そして声が聞こえる。

「我が名はトバルカイン! 其の銘名を以って鉄杭を穿たん!」

 その言霊に応じて、少女を貫いたナイフが姿を変える。

 吸血鬼殺しの鉄杭へと。

 少女はゆっくりと振り返る。

 そして手にした大鎌を振り下ろそうとして、もんどりうって倒れた。

 巨大な鉄杭は少女の体を容赦なく地面に突き刺す。

「わ、わたし……は……」

 少女は何かをいいかけたままゆっくりと姿を塵と煙に変えてゆく。

「ま……」

 そして、鉄杭に刺された少女のワンピースだけがそこに残された。

 カズヤは少女が立っていた後ろを見る。

 すると、空間がぼやけ、蜃気楼のように歪み始める。

 そして風景が戻った時、そこにはハルカが立っていた。

「アンリエッタ……あなたの魔術、受け取りました」

 そう言ってハルカは杭を引き抜く。引き抜かれた杭はすぐにナイフに戻り、ハルカは懐に収める。

「すべては終わり、そういうことですね」

 ハルカは呟く。

「あ、ぅ……」

 カズヤは言葉をひり出せない。

「カズヤ君には感謝します。アンリエッタの言うとおり連れてきて正解でした。あなたがいなければ使徒を倒すチャンスは生まれなかったでしょう」

 そう告げると、ハルカは襟元を正してカズヤに一礼をする。

 そして、排水路の出口へと歩き出した。

「まな、か……」

 カズヤはそう言って空佳の服をぎゅっと抱きしめた。

 



◆吸血鬼Ⅷ◆


「伯爵様、ハルカ・バークレー参りました」

 ハルカは伯爵の屋敷の最奥、伯爵の部屋に入って一礼をした。

「やあ、よく来たねハルカ」

 少年とも少女ともおぼつかない声が虚空から聞こえる。

「怪我の具合はどうだい?」

「大事なく。無事に快復いたしました」

「それは何より」

 伯爵が頷いたのが、ハルカには何となくわかった。

「今回の事件の顛末はすでに報告をもらっている」

「はい。」

「結局のところ、【ドラクル教団】と第1世代の使徒が【ノスフェラトゥ】を皆殺しにしてくれたわけだね」

「そのようになっております」

「よかったよかった。まあもっとも、僕もそれなりの対価を支払ったわけだが」

「と仰いますと?」

「今回の1件でジョシュ侯からいくらの請求が来たと思う? 実に20億円あまりだ。いくら自分の娘が被害にあったからといっても、ぼったくりにも程がある」

「実の娘……」

「おかげで僕もいくつかの不動産を手放さざるをえなかった。まあ、【ノスフェラトゥ】が暴力。【ドラクル教団】が魔術を力とするなら、僕らの力は経済力と名声だからね。ある意味で戦ってたわけだ」

「仰せの通りです」

「死者12人と行方不明者34人を出した事件は、前島兄妹の失踪と西野蛍の死亡で完結したわけだ」

 伯爵は息を吐く。

「ご苦労だったハルカ。ゆっくりと休むといい」

「ありがたきお言葉」

 ハルカは屋敷を出た。


 ハルカはぼんやりと街を歩く。

 そしてハルカは懐からタバコを取り出し、火を付ける。

「げほ、ほげほっ……」

 だが、すぐにむせ返ってしまう。

「体になじみませんね。やっぱり」

 ハルカはタバコを地面に捨て、革靴で踏み消す。

「でも、分からないような分かった気がします」

 ハルカは懐からナイフを、『トバルカインの銘具』を取り出して見る。

「私にもっと力があれば、あるいは……」

 だが、時間は撒き戻らない。

「吸血鬼は不老不死。されど、滅ぶもの。人間と何も変わりません」

 半ば自嘲気味に呟く。

「さて、と見に行きますか」

 ハルカは立ち上がり、歩き出す。

 目的地は城賀市の水族館だ。

「1人での水族館もまたオツなものでしょう」

 ハルカは空を見上げて呟いた。




◆Ⅶ◆


 夜のどこかの公園。

 筋骨隆々とまではいかないが、締まった体躯をしている強面の少年。

 彼は金色の大鎌を携えていた。

 周囲には服が散らばっている。


 そして、少年の下に空から白い封筒が降ってきた。


 封筒に従って吸血鬼を狩る。

 それが少年の生業だ。



(完)

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