第8話 剣
「チッ、うおおおぉぉぉぉ!!!」
智彦の叫びが大きくこだまする。智彦が右手に持つ剣が、相手の首を取ろうと既に何度目かわからない斬りを放った。
「甘いよ、そんなんじゃ首を取るどころか相手に傷をつけることすらできない!」
俺と対峙している相手の男は俺の攻撃をギリギリのところで避け続けている。何の迷いもなく、まるで避けれないわけがないと確信してるように。
―――まずい、殺される。そう僕は思った。
決着はあっさりと訪れた。
俺が出来るだけ最高のスピードを乗せ相手を狙って放った一撃の突き。
相手はすんなりとかわしてみせた。
そして、男は持っていた剣を、俺の右腰から左肩にかけ、思いっきり振り上げた。
冷たい剣先が肉を斬る感覚がよくわかる。一瞬の出来事だった。
「そこまでっ!!」
俺が致命打を受けたことにより、試合終了のコールがかかった。
―――今居る場所はコミンのトレーニングセンター。
この世界では結構大規模な設備を持っている。
「ふむ、智彦くん。」
今まで戦っていた相手の男が、剣を鞘へ納め俺の前に立つ。
「君の剣技はよく鍛えられている。剣の一撃に魔法を付加させ攻撃する、ありがちな戦法にしては剣士にしては多彩な魔法を使うことができる。見事だった。」
この男はいわばトレーナー。このジムでは申し出れば教官が付き、剣技・魔法などを基礎からちょっとした応用まで幅広く指導を受けることが出来る。そのため、遠くからこのジムへ訓練にやってくる人も少なくないらしい。…ちなみに、俊も別のトレーニングルームで魔法の指導を受けている。
「だが、惜しいところはそのスピードを活かしきれていないことだ。例えば最後の一撃、出せる限り限界のスピードを出していたようだが、それでも見切ろうと思えば見切れる一撃だった。それは対人戦でも対魔戦でも同じだろう。そして敵、つまり僕の一撃を見切り避けるというモーションが出来ていない。折角反応速度・スピード、共にいい線行ってるのに、それじゃ勿体無いよ。」
というわけで、これから1週間の短期強化コースでは君のスピードを活かせるよう訓練する。以上だ、明日に備えて休んでくれ。そう言って、教官は立ち去った。
確かに俺はスピードを使いこなせていない感覚があった。教官に言われるとより実感がわく。
…俊のほうはどうなったのだろうか。
息を整えた俺はトレーニングルームを後にした。
俊のほうも、トレーニング前の戦闘を終えたばかりだった。
激しい魔法戦でも行ったのか、損傷を受けないトレーニングルームもところどころにその傷跡が見受けられる。
余談だが、街中のある部分、例えば宿屋や各家庭、トレーニングセンターでは武器によるダメージを与えることが出来ない。魔物自体も、町全体を結界で覆われ街中には入れないようだ。
眠ってる間に殺されないことがわかっただけでも、大きな進歩である。
「よぉ、どんな感じだ?」
俺は自らの疲れを隠すように俊に話しかけた。
「はは、結構キツいね。魔法には自信あったんだけどなぁ。」
俊は苦笑いしながら立ち上がりそう言った。
「今日はもう終わりだろ?この後どうする?」
「武器屋に行きたいんでしょ、僕が案内するよ。」
やはり見透かされていた。
コミンの町に数日間だけ滞在したという俊だが、たった数日でも町の細部に至るまで道を知り尽くしていた。すぐにタブを買いマッピングを行ったためか、武器屋の位置も細かく把握している。
…そして細い路地の奥の奥。人通りも少ない場所に立つ一軒の武器屋へやってきた。
「ここ、僕の初期装備を強化するために世話になった武器屋だよ。値段は安いけど、質がいいんだ。」
俊は迷いなくドアを開け入っていった。
木造の一軒家、パッと見武器屋のようには思えなかったが中には所狭しと武器が並べられていた。
「おう、俊か。しばらくだな。」
店主は若い気前がよさそうな男性だった。
「うん、久しぶりだね。今日はこの人、智彦に武器を見立てて欲しいんだ。」
店主は一瞬こっちを見ると、魔法剣士か、珍しいタイプだなと呟いた。
ほんの一瞬見ただけなのに相手の能力を把握できる。武器や防具を作る人間はこのような能力を持つと話に聞いたことがある。但し、かなり高レベルな技のはずだ。
「ふむ、わかった。彼に見合うタイプの武器ならすぐにでも作れる。希望があるなら聞くぞ?」
と、僕に言ってくる。
「えっと、なら魔法付加攻撃や連続攻撃に耐えれる高耐久性と一撃を重く出来る片手剣を。持ち金で作れる最高品で。」
いくらか聞いてきたので1万2千と答えたら、それだけあれば十分なものが作れると笑いながら奥へ向かっていった。金があるのはフィールドでモンスターを狩っていた時に偶然お金を多くドロップするモンスターに出会ったからである。
改めて店内を見回す。剣や斧、槍などのRPGには当たり前の武器から、銃といったRPGではあまり見ない武器まで存在する。
不思議そうに見つめていたら俊に「銃は連続しての攻撃には時間がかかるけど、当たり所がよければ一撃必殺の威力を持つ武器にもなるよ。」とフォローを入れてくれた。
しばらく眺めていたら、奥から店主がやってきた。手には1本の見慣れない剣を持っている。
「君の注文通りの品なはずだ。不満があるなら作り直す、試してみてくれ。」
そう言って俺に剣を渡してくる。
…今までの剣とは違う重み。決して重くはないのだが、斬った時の衝撃は桁違いだろうと実感した。そして魔法を付加させても限界を感じさせない耐久性。もしドロップ品ならかなりのレアアイテムか、レアモンスターを倒さない限りドロップは出来ないだろう。
「凄い…、こんな剣見たことないぞ…。」
俺の無意識の呟きに店主は声を上げて笑い、そりゃ俺が作った剣だからなと誇らしげに言った。
名前は「クレイヴソード」というらしい。店主は強そうな名前だろ?と笑う。武器作成はかなりの腕の持ち主だが、センスについてはどうなのだろうか…。恐らく、聞いてはならないことだろう。
さらに店主は値段も8000円でいい、そこまで貴重なアイテムは使ってないと言った。この剣が8千円とはいささか安すぎるのではないかと思ったが、それでいいのであるなら素直に受け取ろう。
店を出て、俊に「一狩り行くかい?」と誘われたが、流石に両者疲れが残っているだろう、遠慮しておいた。今日はそのまま宿へ向かった。
…その晩、不思議な夢を見た。
夢というものは、過去にあった出来事や思い出を再生しているものだという説もある。実際俺も、今まであの事件の夢を幾度となく見てきたから素直に頷ける。
今までに一度くらいは「これは夢だ」と分かる夢を見ることがあるんじゃないかと俺は思う。
今日の夢はそんな夢だった。…本当に不思議だった。
「トモくん、頑張っているんだね。」
目の前に佇む女性がそう言った。
「うん。そりゃ、秋穂を生き返らせることが出来るかもしれないからな。」
その女性、秋穂は本人の目の前で惚気る?と笑いながら答えた。
…俺が2年もの間見たかった笑顔だった。胸が痛む。
「秋穂…君は今どこで何をしているんだ…。」
―――夢でも、苦しくてもこれだけは言わないといけないと思った。堰を切ったように言葉があふれ出す。
「2年間、君が死んでからずっと会いたかった。このゲームに参加させられて、参加者に君の名前を見つけて…。君は今どこで何をしているんだ…、また…」
また会えるのか、そう言おうとして。秋穂は俺の言葉を遮った。
「きっと会えるよ。私もトモくんに会いたいから…きっとまた、すぐに会えるよ。」
―――そのときは、笑っていてね。―――
その言葉を最後に、俺は夢から目覚めた。
午前4時過ぎ、まだ外は暗く月明かりが部屋の中を照らしている。
目が覚めてからも、夢の内容をはっきりと覚えていた。俺は秋穂と会話をしていた。まるで目の前で話しているかのように、…夢でなかったかのように。
「秋穂…」
この世界の秋穂は、俺が来ていることに気づいているのだろうか。もし気づいていたとして、俺との再会を望んでいるのだろうか。そんな不安が頭をよぎる。
…考えても仕方がない。会わないことには話は始まらない。
夢の中で、秋穂はすぐに会える、そう言った。
―――――絶対に会うんだ…。
この俺の決意は揺るぎないものだった。