第6話 夢 -智彦の場合-
「ほら、あれがコミンの町さ」
少し前を歩く俊が指を指して言った。
その景色を見て俺がおぉ~、と声を上げる。
…フランドルから歩いて1時間ほどの所で峠を越え、後は下り坂になる。
今居る場所は見晴らしがよく、眼下に少し大きめの町がある。
「あとどれくらいで着くんだ?」
「まぁ、ざっと見積もっても3時間はかかるかな。ここからは道が曲がりくねるからさ。」
モンスターとの戦闘を加えるとさらに時間はかかるが、やはり仲間という存在はとても大きかった。
今まで時間をかけて倒していた敵モンスターも楽に倒せる。
何より、俊は回復系や補助系、攻撃系など多彩な魔法を操れる、いわば魔法使いのような立ち位置だった。
剣士として前線で戦う俺の補助や回復などを任せることが出来る。
一応短剣を所持しており接近戦も出来ないことはないのだが、本人曰く接近戦で勝ち抜く戦い方が出来るようにステータスを割り振っていない、とのこと。
「ともかく、早いうちに行って町を案内してくれないか?武器を揃えたい。」
俊は笑いながら本当に戦いが好きだね、と言い足を進めていった。
この世界へ来てから、夢を見るようになった。
特に、今日と昨日の夢はいつも以上に鮮明に覚えている。
―――現実世界では失ったはずの、それでもこの世界に存在する秋穂の夢だ。
付き合い始めたのは、高校1年の夏。
ちょうど学校の文化祭の準備期間だった。
・・・それまで恋人が居たことはなかった。
それだけに突然の出来事で驚いた。
彼女との接点は多くも少なくもなかった。
同じクラスになったが、座席が近くになったことはおろか、話したことすらほとんどなかった。
告白してきたのは秋穂のほうからだった。
マンガなんかではベタな展開ではあったが、放課後の学校の屋上に呼ばれ告白された。
―――特に前置きも無しに、「好きです」と一言。
俺に断る理由なんてなかった。
…だから俺は、すぐに彼女の手を取った。
文化祭も、クリスマスも、正月も、バレンタインも。
俺と秋穂は2人で過ごした。
周囲からはバカップルとも言われたこともあった。
それでも、俺も秋穂も笑って…楽しく過ごせていた。
小中とサッカー部だった俺は、中学で県大会を勝ち抜いたエース格の選手だった。
俺としては、遊び感覚でやっていたはずのサッカーだったのだがいつの間にかエースとして呼ばれ、そして皆からの信頼も得ていた。
勉強はそこまで出来るほうではなかったのだが、それでもいつも中盤より少し上の成績を保っていた。
友人関係も悪くなかった。
事件が、秋穂が殺されてから、俺は人が変わってしまった。
家に引きこもりネットゲームの毎日。
学校の皆から励ましの言葉も貰ったが、読む気にもなれずそのままゴミ箱へ捨てた。
―――――そんな形だけの心配は必要ない、俺が秋穂を殺した罪人だ。
そう呟いて、またPCに向かっていた。
学校には顔を出さず、冬に留年が決まった。
実際は休校という扱いだったのだが、行く気にもなれなかった。
…元の同級生たちが受験勉強に勤しむ2度目の冬も、俺は引きこもった。
結局高校は中退した。
その間も毎日のように夢を見ていた。
この2年間、ずっと見続けていた夢は 秋穂が殺されたあの事件の夢 だった。
朝、目が覚めると枕が涙で濡れている。
毎日のように、俺は夢で泣いていた。
こちらの世界ではそんな夢を見なくなった。
むしろ秋穂と過ごした楽しかった日々を思い出させる夢。
これが現実世界で見た夢ならば辛く感じ泣いていたかもしれない。
―――今は希望がある。
秋穂を生き返らせることが出来るかもしれない、秋穂がこの世界に居るかもしれないという希望。
…もちろんそのような確証はない。
だけど今はそれに賭けるしかないんだ。
「なぁ、俊…」
俊が足を止め振り返り、俺の暗く沈んだ顔を見て不思議そうな顔をしている。
無意識に俺は声を出してしまっていたらしい。
「………すまん、なんでもない。」
「…現実世界のことでも思い出した?」
俺は苦笑しながら、見抜かれていたなとだけ言った。
俊はそれを見て少し笑みを浮かべながらも、悟ってくれたのか何も言わずに先へ進んだ。
―――それから山を降りるまで、俺と俊の会話はなかった。