第5話 仲間
ソシュートから9キロほどの地点、ようやく半分を過ぎたあたりで夕暮れを迎えた。
たった9キロという道のりでこれだけの時間がかかるのは、ダンジョンがなくとも山を一つ越えなければいけないからだ。
山はダンジョンというわけではないのだが、道が険しいところもある。進むスピードが一気に落ちてしまった。
俺はもともとこの山の存在を知っていた。ソシュートを出る前に村の人に聞いたのである。
そのとき、山を登りきるところに山小屋があるという話も聞いていた。今日は山小屋を目的地にしていた。
「そこまで強いモンスターが出なかったのは、唯一の救いかな…。」
ここまで手こずったモンスターは居たが、倒せないレベルではなかった。
タブを浮遊モード(タブは所有者の傍で浮遊固定することが可能)にさせ、常に地図と自分の索敵レベルを上げておけば、強レベルモンスターを見分け、避けることも可能だった。
索敵はモンスターでなく、他の冒険者をも見つけることは可能だ。実際に索敵を使って冒険者を避けて進んでいた。不要な時間を使いたくなかったからだ。
「と、この先に少しレベルが高めのモンスターが居るな。ここからなら崖を使って避けれるか…」
迂回しようとしたそのときだった。
「ふぅん。索敵レベルは高いようだけど、存在感を消した人を見つけることはまだ出来ないんだ。」
―――声。冒険中になるべく聞きたくなかったものだった。
「…誰だ。出て来い」
振り返っても姿が見えない。護身のため剣を持ち身構える。
声の主はかすかに笑いながら木の上から降りてきた。
青年…、年は俺と同じかそれ以下のように見える。
「随分訓練しているようだね。僕とは大違いだ」
どういうことだ。そう言い返したが大体予想が付いている。コイツは恐らく…
「キミはMMOの経験者だろう。行動に迷いがない。それと、キミはこう考えているはずだよ。
僕がDCCプレイヤーか、どうかをね」
DCCプレイヤー、それは俺たちDCCプレイヤーでしか知らない単語のはずだろう。
俺は危険を感じ、バックステップで間を開ける。
「そうか、俺を倒しに来たということか?」
相手は自らDCCプレイヤーということを明かしている。ならば倒しに来たということで間違いないだろう。
「まさか、タブで僕のレベルを見ただろう?キミのレベルと僕のレベルじゃ差がありすぎる。」
この青年のレベルはLv18。俺はLv27だった。普通に考えればこのまま戦っても俺が勝つだろうが…。
「お前の存在感を消した状態、俺は索敵レベルを上げていたが気づくことが出来なかった。警戒して当然だ。」
「ふむ、そうだな…。」
彼はしばらく考えた後、こう言った。
「よし、こうしよう。しばらくパーティを組まないか?」
俺は彼の言った意味がわからなかった。いつ殺されるか分からないデスゲームにおいて、敵であるDCCプレイヤーとパーティを組むというのは、正気ではない。
「ふざけるな、敵のお前とどうしてパーティを組むことが出来る。」
「敵とは酷いな。キミはこのゲームのクリア条件を知っているだろう?
100個のDeath・Cross・Crystalを集めるか、ゲームマスターを倒すかだ。
僕はDCCを集めることが出来るとは思ってないよ。」
後者のクリア条件を目指すのであれば、仲間を集めるのがいいだろう。
それは俺も最初は考えたことだった。
「お前はゲームマスターはどこに居るのか、知っているのか?」
彼は知らないと即答した。ゲームマスターを見つけることが出来なければ本末転倒である。
「ふむ。じゃあ一つ教えよう。この世界で死んだ人間がどのように死んでいくかだ。
僕はこの世界に来て2日後、あるDCCプレイヤーを見た。最初の頃はDCCプレイヤーを装備で見分けることが出来た。
僕は山の向こうのコミンから来たが、コミンの町にもう一人のDCCプレイヤーが居てね。
そいつは哀れにも、モンスターに殺された。
…遺体すら残さず、完全に消滅した。自分が生きてきたことが無になるんだ。
―――そんな死に方、キミは望むのかい?」
DCCプレイヤーの死を間近で立ち会った人間。恐らくこの青年の言ってることは本当だろう。
完全消滅、生きていた証である肉体が失われる。
―――俺もそんなのは嫌だった。
「…それでもお前を信用できない。」
「でも信用してもらうしか方法はないよね。」
―――この青年を信用していいのだろうか。
隙を見せたら殺される。DCCは奪われ、俺は消滅する。
…だが仲間を持たなければこの先どうなるかわからないことも事実であった。
「…もしキミが願いを叶える最後を望むのであれば、僕は邪魔をしない。
このゲームに巻き込まれたことを僕は嫌だと思っていないし、死に対しての恐怖はない。
人がいつか死ぬことに間違いないことだからね。
僕はこの世界に来てよかったと思っているよ。現実世界では死のうと思っていたから。
だからもし僕とキミが最後の二人になったのであれば、容赦なく僕を殺して構わない。」
「だから今は信用しろと?」
彼は頷いた。
「…仕方ない。ただ、裏切りの素振りが見えるようならすぐにでも切り捨てる。俺は命が惜しい。」
それで構わない。彼はそう言った。
「俺は中池智彦、お前は?」
「高橋 俊だ。よろしく智彦くん。」
パーティを組む場合、基本的にタブの基本装備であるパーティ機能に登録することが出来る。
相手の状態、装備、レベルなどが表示され、連絡先の登録が自動的に行われる。
高橋俊と言った彼の装備は思っていたより強くなかった。
敵を倒してドロップしたアイテムを中心に使っていた。
聞くと、もう一人のDCCプレイヤーの死を見た後、俺が目指していた山小屋「フランドル」へ逃げ、細々とレベル上げをしていたという。
「…智彦、この表示は?」
パーティ画面はパーティメンバーを持つまで表示されることはない。
そこのオプション画面に「メンバー攻撃設定」のコマンドがあった。
「…まさか、パーティメンバーへの攻撃は不可能なのか?」
開いてみると「パーティメンバーへの攻撃を可能にしますか?」とのコマンド。
ためしにと、OKボタンを押してみると俊のタブに許可画面が出てくる。OKしない限りはメンバー同士が攻撃しあうことは出来ないのだ。
「つまり、DCCプレイヤー同士が殺しあうというゲーム設定を逆手にとって、仲間にならないと分からないコマンドだということか…」
「どうやらそのようだね。でも、これで智彦も安心してくれるんじゃないかな?」
「今のところはな。」
性質が悪い。この設定についてはオプションやヘルプ画面にも書かれていない。
恐らくヘルプ画面まで出てくるのはDCCプレイヤーだけなのだろうが、やはりわからない。
この日はこのままフランドルで夜を過ごすことにした。
他のパーティも何グループか居たが、DCCプレイヤーらしき人は居なかった。
寝首をかかれることもない、安心して寝れそうだった。
―――仲間が居る。この事実はやはり心強いものだった。