第4話 決意
「…秋穂が…生きている」
でもこのようなことがあるのだろうか。秋穂は死んでいるのだ。
現実世界に居る、俺の知っている秋穂とは別の「畑中秋穂」が居るのかもしれない。
だけど、VRMMOでも媒体を使うことによって実装できる仮想世界でも、この世界は全く違う。
まず侵入方法、媒体を使わず、黒い空間へ移動した。
移動にどれぐらいの時間をかけたのかわからないが、とにかく移動したことだけは紛れもない事実であった。
それに伴って、現実世界の自分自身の身体はどうなったのであろう。
ゲームマスターの言うとおり、消えたのだろうか。
人間の感覚をほぼすべて奪われていることも含めると、VRMMOとは似ているようで全く異なっている。
言ってしまえば、“非現実的すぎる”のだ。
この仮想世界の存在自体が異常、まるでこの世界も現実世界、…異世界のようにも思える。
だとすると、この「畑中秋穂」は死者でありながら、この世界にやってくる“非現実的なこと”だって出来てしまうのではないか。
実際に、ゲームマスターは「君たちは、現実世界に絶望を抱いているか、何かしらの願いを抱いている人間だ」と言った。
現実世界に絶望を抱いているのは、現実世界の人間しか有り得ないだろう。
だが、願いを抱いている人間を含めるとしたら?
死者であろうと、強い願いや執念を持つ魂は霊魂となって彷徨うと言われる。
俺は幽霊の類は信じないが、これだけは信じてもいいんじゃないかと思えてきた。
「…俺は…」
もし、この「畑中秋穂」が俺の知る秋穂ならば。
「…会いたいよな。やっぱり」
会いたい。生きて会いたい。
そんな気持ちだけが募る。
「やっぱりこの町は出よう」
単身突破。冒険者を待つよりは時間もかからない。賢明だろう。
実際、この2週間で戦い方の基本はマスターできた。体力をなるべく減らさずに戦いつつ進むことも出来るだろう。
保身をしっかりしつつ戦えば、基本的に死ぬことはない。あとは力量の差を見極めるだけだ。
日付は元の現実世界の続きで表示されていた。
2021年7月29日午後20時05分。
…出発は明日だな。
この夜は眠れなかった。
会いたいと願っていた人がこの世界に居る。
それだけで眠れなくなっていた。
「…絶対に会ってやる。生きて会うんだ。」
―――そう、俺は誓った。
2021年7月30日午前06時21分
朝の心地よい光を浴びながら、俺はソシュートの町を後にした。
ここから、俺の冒険が始まる。
現実世界ではこんなこと中二病がやることだと思っていたが、いざ自分が剣を握りたくなると何もないところでも振り回したくなってしまう。
まずはソシュートの町から15キロほど離れた町「コミン」へ向かう。
この町ならそれなりの施設が揃っていると聞いたからだ。
武器・防具も今よりいいアイテムが手に入るし、クエストの数や種類だって様々だろう。
かつ、この町へ行くにはそれほどの困難が存在しない。
洞窟や森といった、ダンジョンには強いモンスターも存在する。
レアアイテムだってあるはずだが、保身を第一に考えるならアイテムは基本町で購入か練成するしかない。
まだダンジョンを散策してアイテムを探すほどのレベルではないのだ。それこそ、単身では出来ない。
「…装備もよし、食料もある。コミンまで無事たどり着ければいいけど。」
そして、ようやく一歩を踏み出した。
現実世界では絶対に味わうことの出来ない、“死と隣り合わせの大冒険”。
VRMMOでは絶対に味わうことの出来ない、“リアリティーがありすぎるゲーム”。
「死ぬもんか。絶対生き残ってやる!」
俺の決意の言葉は、朝の草原で静かに、されど強くこだました。