第2話 旅立ち
2021年7月16日、午後0時55分。
つい50分前に届いた『ゲーム』の始まりを予告するメッセージ。
開始時刻の午後1時00分が近づいていた。
もし、手の込んだただの悪戯だったら。この1時間に俺の心配事はすべて杞憂で終わる。
部屋の時計の秒針の音がだんだん大きく聞こえてくる。
あと4分…、あと3分…。
刻一刻と午後1時00分が近づいてくる。
もうこの世界でやり残したことはない。
ただ一つ、昔に戻れる手段があるなら…。
「俺は…このゲームに勝てばいいだけだ。」
そして遂に、秒針は午後1時00分を指した。
「―――――ッッ!!」
突如、言葉に表すことが難しい感覚に襲われた。
世界が捻じ曲がったとも、まるで俺自身が押しつぶされているような、とても強い力のようなものを全身に受けた。
言葉に出すことの出来ない苦痛、その中で俺の意識は薄らいでいった……。
………
気づけば俺は何もない、真っ黒な空間に一人佇んでいた。
『ようこそ、勇猛果敢な100人の戦士たちよ』
突然、男の声がした。
100人…やはりこの場には居ないが俺を含め100人が同じ状況に立っているというのか。
声の主は、お構いなしに続けた。
君たちは、現実世界に絶望を抱いているか、何かしらの願いを抱いている人間だ。
そんな君たちにチャンスを与えよう。
このゲームはRPGの世界と非常に酷似しているといえるだろう。
武器を揃え、モンスターを倒し、クリア条件を満たしたものが勝者だ。
だが、ただのゲームとは違う。
この世界では痛覚がある。味覚・嗅覚・聴覚・視覚、すべて現実のものである。
このゲームはゲームであり、現実でもある。
もちろん、この世界での『死』は現実の『死』だ。
死が惜しければ、町で平和に暮らしているといい。だが、それではクリアは出来ないことも覚えていて欲しい。
クリア条件は、100人の選ばれし戦士だけが持つ「Death・Cross・Crystal」を100個集めることだ。
これは自分自身の命と言ってもいい。つまり、失ったときは死んだときということだ。
但し一つだけ、100個集めたとき以外のクリア条件がある。
―――ゲームマスターである私を倒すことだ。
私を倒してゲームクリアの場合、願いを叶えることは出来ない。但し、私を倒した時点で生き残っている戦士全員を現実世界へ復帰させよう。
自分一人の願いを取るか、戦士たち全員で私を倒して生還するか…。
―――――選ぶのは君たち次第だ。健闘を祈る。
…そこで、声は途切れた。
「RPG…か…」
RPGは俺が最も得意とするジャンルだった。ならば、勝ち残れる自信だってある。
…だが、最後に言っていた、生き残っている全員が現実世界へ復帰できるというクリア条件…。
ゲームマスターを倒すか、他のプレイヤーを倒すか…。
今の俺には究極の選択だった。
「まぁいい…進めているうちに決めよう。」
俺の意識は、再度途切れた。
再度、目が覚めた。
そこは見知った自分の部屋ではなかった。
「…どこだ、ここは。」
あたりを見回すと、そこは森。
…森?
「って、最初からフィールドかよ!!」
そう、RPGだと町の中ならモンスターは居らず安全な場合が多いが、フィールドならば敵が現れる。この場所が本当に敵が出てくるのかはわからないが、とにかくこのままだとやばそうだ。早々モンスターにやられ、強制退場なんてことにはなりたくない。
「装備は…ないよなぁ…」
着ていた服だけで、武器や防具の類はなかった。それどころか…
「金がないのが致命傷だな…」
金の単位は「円」とは限らない。ドルかも知れないし、ゲーム特有の通貨の可能性が高いので持ってきていなかった。
…とりあえずどこかへ移動しないとまずい。このままだといずれ夜になる。そうなったら強いモンスターが現れてもおかしくないだろう。
「まずは道を見つけることか…。」
俺は近くに落ちていた太めの木の枝を持ち、慎重に森の中を進む。
森の中はごく普通の風景だった。RPG世界へ飛ばされた感覚は今のところ皆無。
だが警戒は解かず、慎重に歩く。いつ、どこから敵が襲ってくるか分からない。
丸腰の今襲われたら、逃げることが出来ても怪我は覚悟しなければならないだろう。
だがやはり、この世界は不思議だ。
仮想空間の一種であるはずのこの世界、だが何より風や気温、木や土の感覚の一つ一つが現実そのものなのだ。
一体どのような作りなのだろうか。そんなことを考えながらしばらく歩いていると、正面に開けた場所が見えた。
草が生えていない、恐らくこれは道だろう。
現実世界で言う、未舗装の道路。車のような乗り物が通った形跡はない。
「やっぱり、移動は歩きなんだな。」
歩きでの移動となると、時間がかかる。ゲームクリアまでかなりの期間を要するということだろう。
気づけば、正面から足音がする。話し声もあることから、どうも人間らしい。
「…やっぱり現実か…」
正面からやってきたのはグループだった。それぞれ武器を持っている。
パーティと呼ばれるような、役割がわかれているわけでもなかった。
そのうちの一人が、俺に気づいたようだ。こちらを指差し仲間と話をしている。
「この近くの村の人間か?」
リーダー格の人間が俺に話しかけてきた。
「いや違います、ちょっと迷ってしまって。どこか村へ行きたいと思ってたんです。」
「よく見たら無装備じゃないか、こんな場所に無装備で入るなんて危険だぞ。」
…やはりこの森は危険らしい。モンスターに出くわさなかっただけ幸運だったか…。
「ふむ、近くの村まで付いて来るか?到着するまで武器と防具は貸そう。」
「それは助かります。お願いします。」
このグループは剣と盾を俺に渡してくれた。素直に後を付いていこう。邪魔になっても悪いだろう。
…それから夕方になり俺たちが町に着くまで、モンスターと出会うことはなかった。
「まさに幸運だな。まさかモンスターと一度も出会わないなんて。」
リーダーの男、名前はクロウと名乗ったが、彼も驚きを隠せていなかった。
「…この森、そんなに危険なんですか?」
「当たり前さ。Lv40程度のモンスターが平気でウロチョロしてる。」
Lv40、難しいRPGでも中盤以降ということか。ただどのRPGでもこの場所は弱いモンスター、ここは強いモンスターと分かれているのは疑問に思っていた。恐らく弱いものも居れば強いものも居るのではないかと思っていたが、そんな中でもとりわけこの森は強いモンスターが多いらしい。
「気になってたんだけど、トモヒコくん。タブ持ってないの?」
グループの一人、唯一の女性であるミキさんはそう言った。
「タブ」とはタブレットのことで、敵モンスターや自分の状態を表示できる機械らしい。
携帯と同じようにグループメンバーなどと通話することもできるという。
持ってないことを告げると、そこまで高くないものらしく買ってくれた。ただ、機能を追加するにはお金が必要とのことで、最低限の機能だけ付いている買った当初のままではあるが…。
それどころか、剣や防具も不要なものらしくこれから先の旅のためと貰ってしまった。
申し訳ない気持ちでいっぱいではあるが、この好意はありがたく受け取ることにした。
このグループは、次の町へ行くといって、俺を村に置いて旅立っていった。
俺も旅立つ準備をしなくちゃならない。
まずはお金を貯めることだが、お金の単位は「円」であったが、勿論硬貨や紙幣のデザインは違う。こういうところはわかりやすくてありがたいところだ。
そしてお金はクエストを行うことで手に入れることができる。難しいものから簡単なものまでさまざまで、村の役所のような建物で紹介してくれるようだ。
「とりあえず今日は休んで、明日からコツコツ貯めないといけないな…。」
そう思い、宿屋へ行くことにした。とにかく疲れた。休みたい。
「……宿に泊まる金もないな、野宿か…。」
このようなときは、やはり100人に選ばれたことを恨まざるを得なかった。