第1話 メッセージ
人間ならば、必ずどこかで今後の人生を左右する出来事が起こるだろう。
それがいつ・どのように・どの程度の出来事が起こるのかは、各個人によってバラバラであり予測も出来ない。
時には自分が予想することのないほどの大事件が起こったりもするのだろう。
俺、中池 智彦の場合は起きて欲しくなかった事件がそれだった。
―――あの事件から既に2年も過ぎてしまい、人々の記憶から忘れかけてきた事件である。
今から2年前となる、2019年5月4日。ゴールデンウィークの真っ只中であった。
当時、県立高校の2年生だった俺は半年間以上付き合っていた彼女、畑中 秋穂と一緒に都会へ遊びに出ていた。
立ち寄ったショッピングモール。偶然か必然か、神様が俺たちその場に居ることを決めていたのか、知る術はない。
間違いなく言えるのは―――そこで秋穂は殺された。
どのメディアも事件直後から一斉に報道されたこの事件、武装した集団による大規模テロだった。
ゴールデンウィークで人で溢れかえっていたショッピングモールを、恐怖のどん底へ突き落とした。
テロ集団は14時間もモールに立てこもった。偶然にも、その場に居合わせた何百人という人質と共に。
夜の4時すぎ、静まり返っていたモールに怒号と銃声が走った。―――警察や自衛隊による強行突入だった。
それからは必死だった。テロ集団は人質を殺し始めた。持っている銃で、その場にいた人間を殺し始めた。
逃げ惑う人々に紛れ、泣きじゃくる秋穂と俺は逃げようとした。
あと50メートル・・・、すぐ先に出口が見えていた。
正面から突入してくる警官隊、後ろからは逃げ出そうとする人間を殺そうとするテロ集団。銃撃戦も始まっていた。
・・・秋穂はそこで死んだ。不運にも流れ弾が頭に当たった。即死だったらしい。
死者216名、日本で過去最悪とも言われたテロだった。
運良く生還した俺は、自分を恨んだ。
何故、秋穂一人が殺されなければならなかったのか。・・・何故俺が生き残ったのか、と。
その日以来、俺は学校に行かなくなった。
自室に篭り、ネットゲームをする毎日。
こんな人生は嫌だった。だけど、こうしないとまた誰かを不幸にさせる。もう誰も大切な人を失いたくはない。
―――秋穂は俺のせいで死んだ。あの日モールに行かなければ、秋穂が死ぬことはなかった。
毎日のように思い続け、俺を苦しめたことだった。
2021年7月16日午前11時57分。蝉の声がうるさく鳴り響く夏の日のこと。
もうすぐ夏休みで、外を歩く小学生の声も弾んで聞こえる。
「暑いな・・・。」
クーラーが効いていても暑いこの日の最高気温は35℃を超す猛暑日だとテレビのニュースが言っている。
小学生の頃は猛暑日になる日は少なかったのだが、地球温暖化とやらのせいか、最近はこれが日常化してしまっている。
あの日、あの事件から俺の生活は悪い方向へ一変した。
家からはほとんど出ることもなく、ネット・ゲームで時間を潰す毎日。
何もしないのが当たり前となってしまった。
これが今、この世界の俺の日常。秋穂を亡くしてからこのような毎日を過ごしている。
不便だが、嫌ではなかった。これからどんなに楽しい人生を過ごせたであろう秋穂は、もうこの世界には居ない。
―――俺だけが、幸せに生きる権利なんてないんだ。
そんなことを思っているうちに、外からチャイムの音がした。
もう12時か・・・。そう思ってリビングへ向かおうとしたときのことだった。
ブツッ・・・、と。とても嫌な音がした。
ネットゲームをしていたPCが、突如落ちたのだ。
突然のことで何が起こったのかわからなかった俺は、ドアノブに手をかけた状態で固まってしまった。
俺が絶句していると、PCは再び起動した。
そして、黒の画面に白く文字が表示された状態で止まっていた。
『貴方は選ばれし100人の一人である。』
「選ばれし・・・100人・・・?これは何なんだよ・・・。」
我に返り、PCの前に移動して困惑する俺を置いて、文字はさらに表示されていく。
『貴方はこれから始まるゲームをクリアできれば、どのような願いも叶えることが出来る』
どのような願いも叶えることが出来る。ありふれた言葉であり、かつ微塵も信用出来ない言葉である。
「・・・ハッキングか?まさか、俺のPCに?」
ハッキングされて盗み出される情報が俺のPCに入っているとは到底思えない。ウィルスが入った覚えもないし、ここ最近新しいソフトウェアをインストールした覚えもない。
キーボードを叩いても応答がない。
こうなったらどうにでもなれ、好きなだけデータを覗くがいいさ。そう思い画面に書かれた文字を読んでいった。
『但し、願いを叶えることが出来るのは最後に残った一人だけである。途中に離脱することは出来ない。』
何のことかはわからないが、ゲームとやらに残った一人がどんな願い事も叶える事が出来るらしい。
―――ふっと、秋穂のことが脳裏に浮かぶ。どんな願い事も叶うならば、秋穂を生き返らせることも・・・。
「・・・いや、無理だな。そんなゲームみたいな話があってたまるか。」
そう、現実は甘くない。死んだ人間が生き返ることなんてまずないんだ。
ゲームならば、教会に行って、お金を払うだけで生き返らせることが出来る。
・・・命はそんなに軽くない。ゲームとは違うんだ。
『貴方はこれから現実世界から消える』
そう思っていた矢先のこと。突然表示されたこの言葉に、俺は目を見開いた。
現実世界から消える。この言葉に恐怖すら感じていた。何者かの悪戯であったとしても、この言葉は恐ろしかった。
俺は画面から目を離せなくなった。この次の文が表示されるまでの時間は、短くも長く感じられた。
『今から向かう世界は、ゲームだがゲームではない。怪我をすれば、痛いという痛覚だってある。』
『死んだら、現実世界に戻ることすら出来ない』
見たくなかった一言だった。理不尽に死を突きつけられる一言。
2年前のあの日、突然死という現実を突きつけられた秋穂のこともあり、怒りが湧いてくる。
冷静になって考えてみれば、言い換えると仮想世界でゲームをする、ということだろうが俺の知っているVRMMOの場合は身体までも消えることはない。
『消える』とまで豪語しているのであれば、この世界から消失するということで間違いないだろう。
『100人が一人になるまで、このゲームは続く。残った一人が、願いを叶え、現実世界へ帰ってくる資格が得られる』
俺はまだ半信半疑であったが、この言葉を信用していた。あれだけうるさかった蝉の鳴き声が聞こえない。まるでこの部屋が文字通り『現実世界』から切り離されたかのように。
相違点はあるが、まるでVRMMOのデスゲーム。
「・・・つまり100人中99人は、否応なく死ぬ・・・」
認めたくない現実であった。99人が無慈悲に死を突きつけられている。そこに俺は含まれているのだろうか、そこまではわからない。
『ゲームは1時に開始する。この文章を見ている貴方がた100人は強制的に参加となり、終了するまで永遠に続けられる。』
PCは最後にこのメッセージを表示させ、デスクトップ画面へ移った。
『健闘を祈る』
――― 一体なんだって言うんだよ・・・。
俺の呟いた言葉は、再び鳴り響く蝉の声にかき消された。
これから始まるのは、互いが自分の願いを叶えたいために、現実世界に戻るために。
100人が殺し殺しあうデスゲーム。
避けられない。
普通なら絶望する状況だろう。
現実世界に戻れない。VRMMOのようにいつでも戻ってこれる世界じゃない。
すべてを奪われたんだ。俺は。
・・・いや、俺は違う。失うものは何もない。
だったら、大切なものを取り戻すために生きて、生き残って・・・。
「俺は―――――生き残るっ! 生きて、秋穂を取り戻す!」
現実世界に居られるのはあと50分ほど。ならば、しばらく返ってくることができないこの世界を楽しもう。
笑いがこみ上げてきた。これだけ希望が湧いてきたのは久しぶりだった。
「・・・楽しませてもらおうじゃんか。」
この『ゲーム』の始まりを前に、俺は2年ぶりに生き生きとしてリビングへ向かっていった。