告げる時
事件が解決した翌日、紀美を誘って繁華街に出た宏明。
解決した詳細と宏明がずっと口を噤んでいた事を話すためだ。
二人はカフェに入り、一番奥の隅の席に座った。
「へぇ…薬丸さんが犯人だったんだ」
宏明から事件の話を全て聞き終えた紀美は、水に注がれているグラスに目をやった。
「元山さんのダイイング・メッセージを残してくれたおかげで犯人がわかったけど、まさか教授の息子だとは…」
宏明は前日の中谷教授の表情を思い出した。
「元山さんは教授が自分の息子だと気付いてたのかな?」
「さぁ…。でも、薄々は気付いてたと思うぜ。気付いてても言わなかったんだろうな。大物政治家という育ての父親もいたし言えなかったのかもしれない。子供なりに…」
次に光一の生前の表情を思い出しながら答えた。
「今回は史学科らしいダイイング・メッセージだったんだね」
「まぁな。日本史をダイイング・メッセージにするとは思わなかった」
苦笑しながら言う宏明。
「で、もう一つの話っていうのは…?」
紀美は話題を変える。
「あ、うん…」
宏明は返事だけすると、アイスコーヒーを一口飲んだ。
「話っていうのは、オレの家庭の事なんだ」
宏明は声のトーンを落として言った。
「家庭の…こと…?」
目をパチクリさせる紀美。
「実は親父とお袋が離婚するかもしれないんだ」
衝撃的の告白をした宏明。
紀美は頭が真っ白になり言葉が出ない。
それもそのはずだ。
紀美から見れば、宏明の両親は仲良しで離婚とは縁のない感じに見えていたからだ。
「でも、なんで…?」
やっとの思いで言葉が出た紀美は、なんで?という言葉しか浮かばない。
「大学に入る少し前…オレが高三の秋から両親が不仲になってしまったんだ。原因は親父が家庭を顧みないからだ。それにもう一つ」
宏明は自分の顔の前に人差し指を立てた。
「もう一つ…?」
「オレ、両親から放っておかれているというか、兄貴二人に期待ばかりしているんだ。幼い頃からオレはいつも両親の期待に添えないでいた。それは今も同じだ」
宏明は自分は期待に添えられていないという気持ちが大きくなったせいか、淋しそうな表情をした。
紀美はそんな宏明を見ていられなかった。
「オレは大学卒業したら一人暮らしをしようと思ってるんだ」
宏明はわざと明るく言う。
「大丈夫。私が宏君の居場所になるから…」
紀美は照れながら、なおかつ真剣に伝えた。
「紀美…」
「宏君が両親の期待に添えなくても私にとって宏君は期待に添えてるから…」
紀美は宏明をまっすぐ見て言う。
「…ありがとう」
宏明はどこかホッとした声を出した。
それと同時に、宏明には国立記念博物館に行った時、光一が言っていた事を思い出していた。
中谷教授の家からの帰り道、最寄りの駅が一駅違いのため、電車には乗らずカフェでゆっくりと話す事が出来た宏明と光一。
「オレ、大学卒業したら留学しようと思って…」
光一はホットカフェオレを飲みながら言う。
「留学って…どこに?」
「今、考えているのはカナダ。中学の時、カナダ人の友達が出来たのが影響。カナダで色々勉強したいって思ってて…」
「そうなんだ。史学科にいるんだから日本の事も教えてあげるっていうのもいいかも」
宏明はアドバイスしてみる。
「そうだな。カナダ以外にも色んな国に行ってみたい。その国の歴史や土地の事を勉強したい。それが今のオレの夢」
光一は目を輝かせて言う。
(見た目よりもしっかりしているんだな)
そう感じていた宏明。
「二葉さんは国語の教師が夢だったっけ?」
光一は宏明の話を振った。
「そう。教師の道は厳しいみたいだけど…」
「え? そんなに難しいの?」
「難しいというか、志願者が多いみたい。だから、今のバイト辞めて、塾の講師でもして教師のなる準備してみようかと思ってるんだ」
宏明も光一同様、目を輝かせる。
「教育実習にも行かないとな」
「四回生の前期にでも行こうかなって考えてて…」
宏明は何かを決意したような口調で言った。
そして、初対面だったが、こうした夢やお互いの悩みを言い合ったのだ。
「二葉さん、何事にも逃げたらダメだぜ。逃げたら負けだし…。それに、今、二葉さんが抱えている問題があると思う。大変でも苦しいけど、その苦しみから抜け出した二葉さんはきっと強くなってるはずだぜ」
光一は言葉を選びながら宏明に今の想いを伝えた。
その言葉に宏明はひどく心打たれたのだった。
そして、昨日、事件解決後に亜矢がアップルパイと紅茶を持ってきてくれた時のこと。
中谷教授が他の大学に異動になった本当の理由を聞いてみた。
「教授、異動の話…」
「明日行くんだ。行く前に犯人がわかって良かったよ」
宏明に笑顔を向けて言う中谷教授。
「本当の理由を教えてくれませんか? オレには今回の事が非で他の大学に異動なんて思えないんです」
宏明は真剣な表情を中谷教授に向けて聞く。
中谷教授はフォークを皿に置き、宏明に倣って真剣な表情になった。
「みんなも知っていると思うが、歴史の捏造の話があっただろ? それは私のことなんだ」
中谷教授の告白に、史学科の生徒と誠一と亜矢もショックを受けた。
史学科である健達にとっては、中谷教授の事を慕っていただけにショックが大きい。
「なんで、また…?」
有沙は口をパクパクさせながら聞いた。
「歴史の上をいきたくて、つい…」
すまないことをしたと言う中谷教授に、
「それが理事長にバレたということですね?」
健はしっかりとした口調で聞く。
「あぁ…そうだ」
一気に憔悴しきってしまう中谷教授。
(教授の事はショックだよな。それに、元山さんがオレに言っていた言葉は、もしかしたら今の自分に向けた言葉だったのかもしれない)
宏明は全てを思い出しながら思っていた。
「紀美、今回の事で悩ます事になってゴメン」
「いいのよ。宏君が言ってくれただけでも嬉しかったから…」
紀美は笑顔で気にしていないというように首を横に振る。
「話は終わったし出ようか?」
「うん!!」
紀美は元気良く返事をする。
カフェを出て、晴れた空の下、いつもの仲良しを取り戻した二人は、まばらな人ごみ中、久しぶりに笑顔で歩いていった。