11月 木南知景
木南知景
私は生まれて初めて恋をしたその人は絶対に手の届かない人た゛った。
一番近くにいるのに、決して私を見てくれない。
私はただの身代わりだから。
11月の桜華学園の文化祭、桜華フェスティバルの当日。
みへき様は誘拐された。
というか、私身代わりの木南知景が誘拐された。
犯人は他校の早乙女隼人様のファンの女子たち。
隼人様の隣に当然のようにおさまるみへき様を常々恨めしく思っていた人がいたのは分かっていた。
まさか叶財閥の跡取り娘が女子高生の嫉妬により連れ去られるなんてね。
「私は叶みへき」
常に笑顔を絶やさず、常に振る舞いは上品に。
自分もみへき様になりたいと思っていたけど、隼人様のファンも私をみへき様と認めてくれたってことかしら。
なんて前向きなことを思っていたけど、非常事態を華麗に解決できるような力も財力も木南知景にはない。
「あんたにはこのダンスパーティーが終わるまで、ここにいてもらうから」
桜華フェスティバルのフィナーレはダンスパーティーが催される。
数少ない男子生徒が入学した今年からはフィナーレに男女のダンスパーティーが企画されたのだ。
もちろん目玉は隼人様とみへき様、つまり私が踊ることになっていた。
生徒会から直々に依頼が来たダンスパーティーはいとも簡単に潰されたのだ。
今日のために金ランクのお嬢様たちはドレスを新調した。
ダンスパーティーで誰よりも目立つために。
誰よりも輝くために。
私はドレスに着替え頭にティアラを着け、控え室で慣れないハイヒールを履きダンスの練習をしていた。
隼人様が近くにいない一瞬のことだった。
目の前が真っ暗になり、段ボールに入れられ台車で運び出されてしまった。
そして、今私は閉じ込められている。
みへき様に成り済ますためにみへき様の子供のころからのお話を聞いた。
叶財閥の跡取りとして生まれた一人娘。
幼少から常に危険にさらされておりお屋敷から一歩も出られない毎日だったそうだ。
不幸は、みへき様が生まれてすぐに訪れた。
叶財閥の一人息子、みへき様のお父様が亡くなったのだ。
その時の衝撃は大きく現在、財閥を仕切るみへき様の御祖父様が大変悲しまれ再起不能に陥るところだったそうだ。
みへき様の安全を守るため、みへき様はお母様とアメリカに渡ることになったそうだ。
防犯上からセレブだけが通われるという小学校に通い勉学に励み、みへき様は叶財閥の跡取りになりたいと強い意志を持ち、飛び級して小学校卒業の頃には大学に通っていたそうだ。
大学の教授にも自分の意見を臆することなく発言し、教授陣を軒並み驚かせたという。
小学校の時の同級生に隼人様がいらっしゃり当時から本当の兄弟のように仲かよろしかったようだ。
隼人様がみへき様をどれだけ大切に思っているかということは、もう一目見ればすぐに分かるほどのものだった。
10年来の思い人みへき様には時に紳士的に時に兄のようにいつも支えていらっしゃる様子が見えてきた。
何度かアメリカでもみへき様が危険な目に遭っていたのはご存知のようだが、この春に突然亡くなられた御祖父様の意志を継ぐために、急遽日本に帰国されたということだった。
小さい頃からアメリカ育ちだったみへき様が日本語を話すことが出来るのは、隼人様がいらっしゃり遊び相手になったからだそうだ。
二人でいろいろな遊びをして、その中でもアニメーション映画をよく見て日本について知っていったそうだ。
三鷹にスタジオを持つ監督が好きで二人でずっと見ていたそうだ。
隼人様の持ち物には似合わないそのアニメーションのキャラクターがついた物がたくさんあった。
「みへきに付き合って見てるうちに好きになっちゃったんだよな」
照れたように微笑む姿は心底みへき様を大切にされているようだった。
どんなに近くにいても思いは届かない。
私は結局みへき様を誘拐したお嬢様たちと同じ気持ちだった。
叶みへきが憎い。
最初に入れ代わりの話を聞いた時はお嬢様が銅ランクに入りたいなんてただの道楽だと思った。
何の苦労もないお嬢様が学校を良くしたいなんて無理だろうと思った。
このフェスティバルの騒々しさや隼人様が隣にいない時間が多かったことから私は簡単につかまってしまった。
そして今は暗くて狭い倉庫の奥底に入れられている。
わずかな日の光から薄暗い倉庫内を見ると、ずいぶん古い楽器や、体操の器具、部活で使うようなスポーツの道具などが乱雑に置かれていた場所だった。
今、桜華学園で部活を熱心にしているところなんていない。
金ランクのお嬢様の社交の場になっているだけで、誰も一生懸命になんかやらない。
銀ランクの子たちにあれこれ命令するだけ、銅ランクの子は入部すら認められていない。
私は1年生の時、吹奏楽部に入りたいと胸を膨らませていた時のことを思い出した。
見事に期待は裏切られた。
楽器はただのお飾り。
基礎や面倒な練習は一切しないダラダラした雰囲気。
顧問の先生すらいない状態だった。
それから私はクラスでも浮いた存在になり、茶髪と濃いメイクで自分をごまかしていた。
いてもいなくてもどちらでもいい存在。
そして現理事長の倒産による銅ランク落ちのとばっちり。
叶みへきにならなければ誰にも認知されなかった存在。
学園に何の必要もない存在。
私は今までの学園生活を振り返り涙が止まらなくなっていた。
しかし、9月からのわずか二ヶ月で桜華学園はどんどん変わっていった。
隼人様が学園のお嬢様の人気を集め、このフェスティバルでのダンスパーティーが生徒会から企画された。
今での生徒会はやる気のない前例主義で新しいことなんて一切やろうとしなかった。
学園を良くしようなんて気持ちは一つもなくて、形骸化した名声のためのただの人気投票だった。
来年の生徒会長はきっと隼人様だろう。
そして、私にも変化があった。
初めて必要とされることを実感できたのだ。
みへき様と入れ代わり、過ごした2ヶ月で隼人様のダンスのパートナーに指名されたのだ。
隼人様とブティックに行き、ドレスを買って慣れないハイヒールで毎日ワルツの練習をして…。
常に隼人様が隣にいて下さった。
私の練習に付き合って下さった。
罰があたったのだ。
隼人様の側にいれるのに、それだけで十分なのに、隼人様が思っているみへき様を憎いと思ってしまった。
私が悪いのだ。
涙が止まらない。
好きな人に気持ちが届かないという現状に?
誘拐されて怖いことに?
隼人様とダンスを踊れないことに?
こんな所で泣いてられない。
隼人様と踊りたい。
隼人様がみへき様を思っていても構わない。
私は隼人様のために、みへき様を思う隼人様のお力になりたい。
いつも私を助けてくれた。
近くにいて下さった。
優しい笑顔をくれた。
それだけでいい。
私は埃っぽい倉庫の中に入り、暗がりの中でトランペットを探した。
部屋の外はフェスティバルの騒々しさで助けを呼んでも声が届かなそうだった。
でも、たった一人に届けばいい。
隼人様に届いて。
古びたトランペットはキーに油がなくギシギシ音がなった。
マウスピースは変形しとても音がでるような代物ではない。
しかし、力いっぱい息を吹き込んだ。
ブーーー
「出た。」
私は吹いた。
隼人様を思って。
隼人様がみへき様を思う二人の大切な思い出のアニメーションの曲を
この曲は皮肉にも中学時代私が初めてソロを吹いた曲だった。
楽器の状態が悪く音が全く出ない。
かすれかすれの旋律は、壮大なアニメーションの世界を表現することはできていなかった。
「知景、大丈夫か?」
不意に光が差し込んだ。
私が一番会いたかった人の声とともに。
そして私の本当の名前が初めて彼の口から聞かれることになった。
急に優しく力強く抱きしめられ私は硬直してしまった。
走ってきていた様子で息が上がっていた。
私のドキドキが聞こえないくらい彼の鼓動は速かった。
「一緒に踊ってくれますか」
「当たり前だろ」
彼は私を抱きしめた。
ダンスパーティーは予定より、少し遅れて始まった。
生演奏の曲で歌を歌っていたのは雨宮さんだった。
みへき様の力なのだろうか。
しかし、甘い声と抜群の英語の発音で誰も文句を言っている人はいない。
桜華学園初のダンスパーティーの雰囲気に抜群にマッチしている。
ギターの男性とサックスの男の子、そしてピアノの女性も抜群に上手い。
プロを手配したのだろうか。
まさか銅ランクの雨宮さんが歌っているなんて誰も思わないだろう。
私のドレスは汚れてボロボロだったため、みへき様のをお借りした。
本来ここで踊るはずのみへき様の衣装だけでも連れて来られて良かった。
全てが夢のようだった。
時間が止まった。
隼人様のリードで私はステップを踏んだ。
その時、私を睨みつける一人の女性を見つけた。
私はあの人に誘拐されたんだ。
本能的に分かった。
それは今月転入することになっている湊屋静琉様だった。
隼人様を追って転入してくる最後の女生徒だった。




