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青い光は奇跡の始まり

作者: 祝 也架

うっすらSFファンタジー風味です。

この話に出てくる異星人=宇宙人達は皆さん自己中です。ご了承くださいm(__)m



「ねぇ、ちょっと頂戴?」


いい天気だからって一人で公園のベンチに座ってコンビニの肉まんを食べている私ってちょっと淋しい人っぽい?日曜の公園って意外と人が居るのね。


親子連れに、デート中のカップルっぽい人達に、犬の散歩に、ジョギングしてる人……ナドナド。人が多すぎて引いちゃうくらいだ。

公園って閑散としてるイメージだったけど規模の大きな公園は違うね。


「あーんして下さいよ、あーん!」


あー、なんか……モシャモシャ肉まんなんて食べてる場合じゃないよねー。彼氏の一人や二人見付けてデートの一つや二つ……って彼氏は一人でいいんだけどさ。


色々考えながらも肉まんはしっかり完食。ごちそうさまでした、と呟いて肉まんの入っていた紙袋をくしゃりと握る。

視線でゴミ箱を探すと時計台の下、一組の親子が手を繋いで歩いているその背後に目的のそれを見付けた。


「ああっ!置いて行かないで下さいよ」


さっきから背後に可哀想な男の人が居るようだ。「あーんして」と何度も言っていたが、相手に無視されっぱなしみたい。

挙げ句置いて行かれるなんて喧嘩でもしていたのだろうか。

さて、帰ろう。


ゴミを捨ててダッフルコートのポケットに手を突っ込み、ふとケータイを取り出す。

画面に映るのは昨日撮ったばかりの不思議な写真だ。


昨日は今日と同じくらい晴れていた。

これを撮った時間は今と同じか少し早いくらいの昼間だった。


青空の真ん中を、空よりも少し濃い青の光の筋が横切っている写真。光の筋の先端はキラリと光っている。それは一人で歩いていた時偶然撮れた不思議な一枚だった。


あの時、今日よりは少ないものの周囲には大勢の人が居たけれど、この不思議な青い流れ星の様な光を見たと言う人はその場には誰も居なかった。ネットで調べてもそんな情報は無かったし。


それはそうと、何故流れ星の様に流れている光がこんなにきれいにケータイの写真に写ったのか……それはむしろ私が知りたい。

誰かに聞いた所で怪訝そうにされるに違いないし、「何これ?」と聞き返されても困る。はっきりと写り込んだこの青い光の筋が何かなんて正確には私にも分からないし。


それ以前に、一瞬チカッと光った不思議な青い光を見て咄嗟にケータイのカメラを起動させた事自体が自分でもよく分からない。本当何であの時カメラ構えたんだろう。


「ちょっと、君」


昨日の事を思い返しながら歩いていその時、少ししゃがれた様な声の男の人が私を呼び止めた。


振り向いた私を見てその男の人はにこりと笑った。声に対して外見はまだ若そうな人だ。


ただ、見覚えの無いその人に笑い返せるほど社交的な性格ではなく、かと言って相手を睨み付けるほど社会性が無い訳でもない。その為、曖昧な表情で「はい、何か」と聞き返す。


その男の人の手には何か陽に反射してキラリと光るものが握られていた。


「やぁ、私が見えるんだね!やはり私の目に狂いは無かった」


「……はぁ?」


何を言っているのか意味が分からない。

私の足元から頭の天辺まで眺めてはぐふふと笑う仕草が少し不気味で、ゾワリと鳥肌が立つ。


「ぐふっぐふふっ……見えてるなら仕方ない」


……。第一印象に誤りはない。外見は若い。

ただし笑い方が不気味で怪し過ぎる。が、振り返らなければ良かった、と思っても時既に遅しだろう。


「ほぉら、見てごらん」


不気味に笑いながら、男は手にしていた光る何かを私の方へ差し出してくる。キラリと光るそれは昨日の青い光の様な、青空より少し濃い青をしていた。


何だろう、と覗き込もうとしたその時、「ぐふっ」と言う声と共にそれが視界から消えた。

反射的に顔を上げると、さっきまで普通にしていたその人は、私から少し離れた所でうずくまっていた。


光る何かが消えたのはその人が私から離れたからで、その時に聞こえた「ぐふっ」と言う声は不気味な笑い声ではなく、むせた時のそれに似ていた様な気がする。


「おのれ……子賢しい!!」


しかも、何故かその男は何もしていない私を睨み付けると、光る何かを飲み込んで立ち上がる。



……。飲み込んで?


「…………ひっ!?」


立ち上がった男の様相は尋常では無い。

光る何かを飲み込んだ口は通常の二倍近く大きくなっていて、口裂け女ならぬ口裂け男状態。

目は獲物を逃がさないとでも言う様にギョロリと動いている。

一番驚いたのは口の端から滴る緑色した液体だ。


ってかこれ、不気味どころではない!非常事態だ!


「待て、女!」


考えるより先に動き出した足は自慢の俊足。逃げ足にも自信がある。それなのに猛ダッシュで大通りに出るも、不気味な男はまだ背後から迫ってくる。


皆さん!不審者!不審者ですよ!!


叫びながら走りたかったが、なかなかそうはいかない。

道行く人が猛ダッシュする私を見てクスクス笑ってるのに、さらに叫んで恥の上塗りまでしたくない。


今日はスニーカーにジーンズのスポーティーカジュアルな格好で良かった。スカートだったりブーツだったりすると走るのに不便だったろうな、と思えるあたりもう少しの余裕が有るみたい。


しかし流石に疲れてきた。ヤバイと思いつつも振り返ると、あの不気味な男の姿が数メートル離れた場所に見えた。あっという間に距離は詰まる。


手が届きそうなほど近くに来た時、キィンと甲高い音が辺りに鳴り響き、不気味な男は再び「ぐふっ」と呻いてうずくまった。


「手を出さないでくれる?」


呻き声に足を止めると、うずくまる男の真正面に別の男の姿があった。

その後ろ姿からして、すらりと背が高い人の様だ。


「二度目は無い、と思っておけ」


甘い声が、しかし鋭く響く。


「ぐふっ……お前、何のつもりでっ」


道の真ん中でうずくまる不気味な男と、その前に立ちはだかるもう一人の男。目立つ事請け合いなのに、誰一人として彼らを気にする様子は無い。


「間に合って良かった」


くるりと身を翻し、背の高い男の人は私を見てにこりと笑った。


「行きましょうか」


そう言った男の人の、見るからにサラツヤな栗色の髪が風になびき、少し長めの前髪から覗く目元には柔らかな笑みが浮かび、髪と同じ栗色の瞳がキラリと光った。綺麗に弧を描く唇は少し薄めだが、肌艶の良い、整った顔立ちだ。

CGで作られたかの様な、均整のとれた美しさに声を失う。


少しの間惚けてしまった私をその人は困った様に笑うけれど、そんな表情すら綺麗で再度見惚れてしまった。


「……では、失礼」


く、と手を掴まれ、気付けばさっきまで居た公園に戻ってきていた。


枯葉がカサカサと音を立て、風に吹かれるままに足元を流れていく。


「あ、あれっ?」


私、ベンチに座ってるんですけど?完食したはずの肉まんも持ってるし。


「ねぇ、ちょっと頂戴?」


と、そこで聞き覚えがある声と言葉にハッとして声のした方に振り向く。案の定、さっき私の手を掴んだCG張りに美しい男の人が、私の手にある肉まんを指差している。


しかも肉まんと大きく開けた自分の口とを交互に指差して、「あーんしてくださいよ、あーん!」と強請る。美男子が台無しだ!!


……じゃなくて!何これ?さっきこんな状況体験しませんでしたっけ?可哀想な男の人が居るものね、と思った気がするんですけど?


さてはアレね?さっき見た不気味な笑い声を上げる口の裂けた、緑の血を吐く男……アレが衝撃的過ぎて現実逃避してるのね、うん。

あ、いやいや、それよりもさっきの気持ち悪いのが白昼夢なんじゃない?そうそう、白昼夢だよねー!じゃなきゃやってらんない!!


すっくと立ち上がると、残りの肉まんを頬張って、CG男には目もくれず公園の出口に向かう。


「ああっ!置いて行かないで下さいよ」


……これもさっき聞こえてきた気がするけれど、聞かなかったことにしよう。見ざる言わざる聞かざるだ。


「あなたは目印です!私無しではまた危険な目にあいますよ」


が、さっきは聞かなかった新たな声に、私の足はぴたりと歩を止める。


「目印?」


振り向き訝しむ私を真っ直ぐ見ている男はやはり先程の容姿端麗男だった。


「はい。あなたは知らなかったとはいえ先程グリンブルに声を掛けられた際に返事をしてしまったのですから。彼らのレコードにはあなたの個体情報が残っています」


申し訳無さそうに言ってはいるが、内容のほぼ全てが意味不明だ。

グリンブル?何それ。犬?新種のブルドック?個体情報、って個人情報?


「個体情報とはあなたに関する全てです。先程から言葉を交わしておりますので私も得ています。千早さん」


「何で名前!?」


「ええ、ですから会話を通じて個体情報を得ているからですよ。他にも身長体重などのサイズも血液のタイプも言えますが……」


「えっ!?やっ、止めてくださいっ!」


そうですか?としゅんとした男は残念そうにため息をついた。


「私はレグリルアルロストリアと申します。母星を離れ地球探査に参りました。以後お見知り置きを、千早さん」


“レグリルアルロストリア”と名乗る男の顔は何度見ても綺麗だ。


その不思議な美しさに圧倒されたのか何なのか、それとも単に私が面食いなだけなのか。私の口からは反射的に「はい」とこぼれていた。


母星だとか地球探査だとか、聞き捨てならない事を言っていた気がしたけれど、目の前の美貌に見惚れてしまったせいでその部分は印象に残る事もなく冗談だと思っていた。……後々身をもって知らしめられる事になりましたけどね。



「私の記憶が正しければ私は一度肉まんを食べきっていたはずなんだけど……」


「はい。しかしグリンブルに襲われた時間をリセットさせてもらいましたから」


「覚えているのに?」


「時間だけですから記憶の操作はしていません。ああ、千早さんは先程の事を忘れたいですか?」


ベンチに座りなおして、私は気になっていた事を聞いてみた。


グリンブルとは碧色の血を持つ種類の総称らしい。グリーンブルーって感じ?って聞いたらそんな感じですと笑われた。だじゃれみたいな名前だ。

それで、私を追い掛けて来たのはそのグリンブルの若い男だと言う。そいつの得た個体情報とやらは瞬時にグリンブル仲間に伝わるらしい。

何それ誰得?って感じなんですが。


隣り合わせに座るレグリルなんたらは、私の質問へにこやかに答えてくれている。

ただ、こんなに容姿端麗な男の人と喋るのは初めてで、レグリルなんたらの顔をつい何度も何度も見てしまう。

目が合えば微笑み、質問に答えてくれる度に薄い唇がリズミカルに言葉を紡ぐ様子は目の保養どころか目の毒。……眩し過ぎて目がチカチカしてきた。


「忘れた方がいいなら。だけどどうやって記憶を操作するの?」


「簡単です。こうするだけ」


レグリルなんたら……もういい、レグリルと呼ぼう。レグリルはトントンと自分のおでこに指を当てた。こんな感じですからあっという間ですよ、とまた微笑んだ。


「へぇ……それって超能力か何かなの?」


「いいえ、と言いたいところですが千早さんからすれば超能力になるでしょうか。しかし私の星では当然の力です」


ふふっと笑う彼の表情はにこやかさマックス!

ここまでくればもう彼の表情筋は笑顔の位置がベースなのかもしれないとすら思えてくる。


「……星?」


「はい。母星はここより遥か彼方に有ります。所謂地球外生命体……千早さん含めこの星の皆さんが宇宙人だとか異星人と呼ぶ“それ”です」


「まさか〜!流暢な日本語喋ってるのに?」


冗談やめてよ、と苦笑いするとレグリルは真面目な顔をして首を振る。


「冗談ではありません。私は異星人です」



*・*・*



自称“異星人”に遭遇してはやひと月。

あの日以来グリンブルとかいう不気味な男に遇う事も無くレグリルに遇う事もなく、平穏無事な日々を過ごしている。


今ではあの出来事は夢だったかもしれないとすら思ってますが、何か?

まあ、あの当日は家に帰って直ぐ「平和って大事」と呟いた私を、お母さんが不思議そうに…と言うより寧ろ危ないものでも見るかの様な目付きで見てきたけれどね。


夢オチ希望だったけど、寝て起きてもケータイにあの写真が有ったから……やっぱり夢オチにはならなかった。


因みにレグリルはあの後も「異星人ですから」を何度も念押ししてきた。

綺麗な顔して残念な頭……いやいや、グリンブルとかいう不気味なアレを見たからにはそれを全否定出来ない。でもそれって、あれだよね。


「未知との遭遇」


「は?」


あんた何言ってんのよ?と苦笑いされて、教室に居た事を思い出した。

友人、聡音(さとね)が先日の母と同じ様に危ないものでも見るかの様な目をしていたので慌てて「何でもない!」と笑ってみた。


「あたしには未だにあんたが未知だわ」


「え!?酷い!ちょっと思い出し呟きしただけなのに!」


ぷく、と頬を膨らませると聡音に「何それ不細工ー」と笑いながら突かれた。まあいいよ、不細工で。それで気を反らしてくれたならいい。未知との遭遇について内容を深く聞かれたら困るからね。


笑いながら他愛ない会話を楽しんでいると聡音の彼氏が教室に迎えに来て、「また明日ね」と別れたので帰り道は一人だ。


通い慣れた通学路を一人で歩く。

聡音じゃないけど、彼氏の一人や二人……あ、一人で良いんだけど、そういう人さえ居れば一人淋しく登下校せずに済むんだろうな、とため息が出た。

別に本気で淋しい訳ではないけれど、寒くなると何となく人肌恋しいのは私だけじゃないだろう。コートのポケットに手を突っ込んで歩く辺り一人慣れしてるよね。


そこでまたケータイを取り出して例の流れ星らしき青い光の筋が映る写真を眺める。あの不気味な人達は夢だったとしても、この写真は夢じゃなかった。あーもう、一体何だったんだろう。


「ここに居たのね」


ケータイ画面を眺めながら歩いていると耳元でざわりと何かが擦れる様な音がした。


「え?」


音のした方を向くと、道端の草が風が強い訳でもないのに不自然にさわさわと動いていた。

目の前を葉っぱが数枚、ひらりと落ちていく。

足元に落ちたそれを拾ってみれば、まだ青い葉っぱで、見慣れない大きさに菱形っぽい形。


「何これどこから飛んで……」


そこまで言い掛けて嫌な予感に口をつぐんだ。もしかして、ううん、もしかしなくてもこれはアレかもしれない。こないだの緑のアレと同じパターン!


無かった事にするべく、ぺいっ!と葉っぱを放り捨てさっさと足早に歩く。


「見ぬ振りしても無駄よぉ、千早」


足元の葉っぱ辺りから聞こえた、くつりと笑う色っぽい女の声に嫌な予感は的中したんだとうなだれる。

さわさわ揺れていた草が、一気に大きく揺れだし、さっきの葉っぱがふわりと舞い上がる。これはもう、本格的にヤバイ。


「あーん!待ちなさいっ」


色っぽい女の人(姿を見てないから予想にすぎないけれど)に大きな声で呼び止められても知らない。

あーあーあーっ!私の耳には入ってきませんよーっ!!……ってかそれ以前に、葉っぱが喋ってるのに誰も何も聞こえないのーっ!?



全力疾走し始めた私を笑うくらいならそっちの葉っぱを気味悪がってくださいよ!


人を避けながら必死に走る。が、角を曲がった時、運悪く何かにつまづいて派手に転んでしまった。


「いたた……」


立ち上がり土埃を払う。直ぐ様走りだそうとまた足を踏み出したのだけれど、どうやら失敗した模様……。


「無駄よ」と某不二子並みに色っぽく耳元で囁かれ、ガクリと力が抜けてしまった。


「あら、かわいい」


足音は無い。さわさわと風に戦ぐ様な葉っぱの音だけが近付いてくる。


「残念だわ。でも見ちゃったのはあなただものね……大人しくしてくれていれば痛いのは一瞬よ?」


葉っぱの音が静かになり、目の前にはうふふと微笑みを浮かべる美女。美女で正解だった。ただし、美女なのだけれど緑色だ。全身ね。


「かわいい子は好きよ?勿体ないけど美味しく頂くわ」


何を、とも、何で、とも言わない。

要はこの美女もグリンブル的なアレだろうから。だってこの人緑色ですよ?


いつの間にか、どこから来たのかも分からない菱形の大きな葉っぱに足が埋まっている。

さっきつまづいたのもこの葉っぱのせいなのかもしれない。


「何故食べられなくてはいけないのですか?」


「ふふ。強がっちゃう声もかわいいわね……いいわよ、教えてあげる。それはあなたが見たからよ、ち・は・や?」


ちちち、と指を振る緑の美女。

さっきからちょいちょい古くさい言動が気になる。けれど、見たからよ、って何の話だろう。

口裂け男にもレグリルにも言われた気がする。


「見た?」


「そうよ。普通は見えないそれを見てしまったのよ」


だから私が美味しく頂いちゃうの、と言うと同時、急に足首に痛みを感じた。ビックリして足元を見ると葉っぱがギュッと足を縛り付けているではないか。


「うふふ、おしゃべりし過ぎたかしら。でもかわいいから仕方ないわよね」


さわさわと音が少しずつ近付き、目の前に来た緑の美女は私の顎をくいっと上げさせる。触れた指は葉っぱの様に少しざらついていた。


間近で見ても美女は美女。

けれど肌の表面全体は指と同じように少しざらついている様だし、全身タイツみたいな格好は変。普通しない。

髪も瞳も全て緑。

うん、これは作り物なんかじゃないね。

特に緑の瞳なんて、普通人間の白目部分が淡い緑色ですからね?黒目部分もとい緑目部分はエメラルドみたい。

キラキラしていて綺麗だ。


「空気は乾燥しているし良く燃えるだろうね」


足元の痛みも忘れエメラルドの如き煌めきにうっとりする私の耳に第三者の声が飛び込んできた。


「ああ、でも青いうちは水分が有るから燃えにくいんだった」


聞き覚えのある甘い声に、そちらを向けば、やはり見覚えのある人物が居た。


「お、お前は……!」


ひっと息を飲んだ様子が伝わり、その次には足を縛り付けていた葉っぱの力が弱まった。


「千早さん」


葉っぱは緑の美女の手に戻り、私の体は自由になった。手足をぷらぷらさせてみる。うん、自由だ。


レグリルにはそんな私と、慌てて後退りする緑の美女とが見えているはずなのだが、特に気にするでもなく近付いてくる。

あっという間に緑の美女よりレグリルとの距離との方が近くなった。


「出ていくタイミングを今か今かと悩みましたが……あなたは案外と怖いもの知らずなんですね」


肩を掴まれてレグリルと向かい合わせにされ、緑の美女が視界から消えた。

背後から「ひぃっ!」と小さな悲鳴が聞こえ、緑の美女が動く度にさわさわと戦ぐ音がしていたのだが、悲鳴を最後に“さわさわ”が“がさがさ”に変わった……気がする。


「ここから先は見なかったことにしましょうね」


相も変わらず美しい笑顔でそう言うと、レグリルは私の手をく、と引く。

その場で最後に見たのはレグリルのその美貌だった。



「……聞いても良いですか」


「はい。何でしょうか」


「もしかしてずっと居たの?」


以前と同じパターンだ。気付けばこの前の公園のベンチに座っていた。

流石に今は肉まんは持ってない。


窺う様にそう言えば、レグリルは目を細め「はい」と満面の笑みで答えた。


「あの日以降ずっと傍に居ましたよ」


「ずっと?」


「はい、常に」


常に!?


多分今の私の顔は半端なく驚きに満ちているはずだ。常にって何、常にってどのくらい!?


「目印ですから。ああ、今日のブルーフは単純型とでも言いますかあまり周りが見えない性質で」


「ブルーフ!?」


「はい、あれはブルーフという種類のものです。もしやご存知で?」


目をぱちくりさせて驚くその表情を初めて見たけれど、何だか可愛らしい仕草もするのね。

首を横に振って否定すれば「ですよね」とホッとしていた。


それにしても……ブルーフって……。


「青い葉っぱ……?」


ブルーにリーフってか?


「いい発想ですね、千早さん」


「……」


や っ ぱ り だ じ ゃ れ か !


ねぇ、ホントにそんな名前なの?冗談じゃなくて?……とは口にはしていないけれど、そう思わずにはいられない。


色んな意味でレグリルに洗脳されてる気もするし、黒だと言われてしまえば黒だと思わざるをえないのだけれど。


ただ、あのままだとブルーフというあの緑の美女に食べられるところだったらしく、足元の葉っぱよりも寧ろ目の前のエメラルドみたいな瞳が危険だったそうだ。


「私無しではまた危険な目にあいますよと言ったでしょう」


あの瞳に魅入っているうちに葉っぱに包まれて、一日も掛からないうちに無かったことになるらしい。……コワッ!!


ただ、口裂け男にも緑の美女にも恐がられていたレグリルが一番恐ろしいのではないかと薄々感じ始めていたけれど、「今後も私がついていますからもう大丈夫ですけどね」と極上の笑顔を向けられてしまえばその予感すら彼方に追いやられていく。

その美貌が私は恐い。


「今度は置いていかないで下さいね」


すっと立ち上がり手を差し出すレグリルは、私が手をとるのを待っている様子だった。


「それって先に立ち上がった人のセリフじゃないですよ?」


「そうでした。……では千早さん、行きましょうか」


けれども危機一髪で助けてくれたのだからその恩人を無下には出来ない。

笑いながら伸ばした手はクッと掴まれ、軽く引くだけで立ち上がらされた。


ん?行きましょうか?


「見かけによらず怖いもの知らずな可愛い千早さんを早く自慢したくてたまりません」


目をキラキラと輝かせ、レグリルは嬉しそうに言う。

掴んだ手はそのまま引き寄せられ、さらに腰には反対の腕を回されて抱き合った様に密着してしまった。

これって完全に逃げられない状況ですよね?何、この急展開はっ!?


「は?ちょっ……えぇっ!?」


ちょっと、と言うより早く、公園に居たはずの私達は違う場所に居た。ビルの屋上の様な高い場所だ。


「千早さん見てください。あなたが見た青い光はこれです」


密着し過ぎて私は顔を上げるのも恥ずかしいのに、レグリルには何でもない事の様だ。


しかしここで腰に回る腕の力が弱まり、そろりと顔を上げると、“これ”と言われた方を見る。


「これでこの星へ来ました」


そこにあったのは小さな青い球状の物体。大きさはゴルフボール大だ。

見た目に反して中は広いですから安心して下さいね、と笑ったレグリルが青く輝くその物体に触れると、キィンと高い音が頭に響いた。


「では、行きましょうか。直ぐに戻れますから心配は要りませんよ」


さらりと簡単そうに言って、レグリルに抱き上げられた次の瞬間には視界は青一色。驚いてギュッと目を瞑ると、レグリルに心配そうに名前を呼ばれた。

次に目を開けると至近距離に美しきご尊顔!息を飲む程の美貌はある程度距離を保って拝みたいものですね!

なんて言ってる場合じゃなかった。


「どこへ行くの?」


何が何だか分からないまま私はどこへ向かおうとしているのか。それが一番心配なのです。


「私の星へ」


「星?」


「はい。この星の誰も知り得ない場所で申し訳ありませんが」


心底申し訳なさそうに言うが、それって一体何処なのでしょうか。

私、どうなるんですかね?

 

「どうもなりませんよ」


ぽつりと思いついたそれは質問のつもりではなかったし、口に出したつもりもなかったのだけれど、どうやらうっかり口に出ていたみたいだ。

しかし、その呟きを聞いたレグリルは今まで何度も笑顔で答えてくれていたのに、今度だけは表情が違った。


「千早さんに今すぐ何かしらの変化が起こるわけではありません」


しかし変わらないと聞いてホッとしたのも束の間、その言い方だと“今すぐ”は大丈夫、でも近いうちに何か有りそう、な言い方だ。

じろりと見ればレグリルはふっと笑って真面目な顔になる。


「……変わるとすれば将来私達に子供が出来た時くらいでしょうか」


言ってる事はさておき、真面目な顔も美しい。……っていやいや“さておき”じゃない、子供ってなんだ子供ってのは!?


「千早さんとなら上手くやっていけると確信しています。グリンブルやブルーフは二度とあなたに手を出してくる事は無いでしょうし、他にも邪魔者は居るでしょうが私が勝てない相手など居ませんから心配は無用です」


真面目な顔は一瞬だけで、またもにこやかな表情を向けられる。

さりげなく「俺、最強!」的な発言をされたけれど、それは別にどうでもいい。

が、言いながらもその目がとろんとしてきたのは気のせいだと思いたい。あ、私じゃなくてレグリルのね。


「か、勝手に変な事言わないで下さい!」


フイッと顔を背ければレグリルは私の頬を両手で挟み込み、真正面からむっとした顔で見つめてきた。


「いいえ、勝手なことではありません」


レグリルの顔以外、何もない。確かに広い。本当にあのゴルフボール大の球の中がこれなの?と疑ってしまうけれど。

視界は一面の青。海の色とも空の色とも異なる少し濃い青だ。確かにあの光と同じ様な色だと思う。


「あなたの目には光の粒程度にしか見えなかったかもしれませんが私の目にはあの日私を見付けたあなたははっきりと見えていました。普通なら見えない私を見付けた奇跡の女性ですからこれは決定事項です」


レグリルの瞳に映る私は、驚いているのか恐がっているのか、はたまた困っているのかさえ分からない顔をしていた。


グリンブルに襲われそうになったのは、私が青い光、つまりはレグリルを見付けた事が原因らしい。

レグリルと周波数が合ってしまった事でグリンブルも見えてしまうようになったとか。


グリンブルやブルーフ側からすれば、彼らの様な存在と周波数が合う人間は自分と合う者で無い限り“餌”と認識するらしい。

お腹も満たされる上に“餌”の持つ知識や技術は吸収出来て一石二鳥、だなんて……はた迷惑な話だよ、全く!!


だから“見付けた”私を彼らが食べに来た、と言われれば納得できない話でもない。


「結局レグリル、さん?も人間じゃないってことなの?」


グリンブルやブルーフの話はなんとなく分かった気がするけれど、レグリルの事はよく分からない。

意を決してそう言うと、レグリルは嬉しそうな顔をした後またむっとした顔になった。


「やっと千早さんが私を呼んでくれたのに……しかも愛称で呼んでくれたと思ったのに……まだ私を信じてくれていませんね?」


愛称と言うより名前が長たらしくて覚えられなかっただけなんですけどね、とは言わないでおこう。凄く喜んでいるからね。


けれど別に疑っている訳じゃない。

異星人だと言うけれど、レグリルはグリンブルやブルーフと違って緑じゃない。確かに尋常じゃなく綺麗な外見だけれど。


「私は彼らと同じ様に地球外生命体だとも言ったじゃありませんか」


眩し過ぎる事を除けば至って普通の外見だ。

栗色の髪に栗色の瞳、ちょっと人間離れした美しい顔立ちだけれど、緑じゃない。今の私の中では緑か緑でないかって結構重要なポイントですよ?


「……レグリルのは超能力、みたいで」「強硬手段をとらせて戴きます」


聡音に“何それ不細工”と言わしめた顔で反抗的な態度をとる私の言葉に被せるように、レグリルはため息混じりでそう言った。


「いいですか千早さん、私はレグリルアルロストリア。あなたは私の奇跡の女性です」


未だ頬は固定されたままの至近距離。レグリルの甘い声は、囁くようで、しかしはっきりと私の耳に届く。……ううん、頭の中に直に届いた、と思う。


「私はあなたを逃がしませんよ」


いつの間にか片方の手が離され、指先が軽く額に当てられていた。


「ここまできて納得頂けないのは少々腑に落ちませんが仕方ありませんね。次の機会まで里帰りはお預けにしておきましょうね、千早さん」


両手とも私から離してから極上の笑みを浮かべてそう言ったレグリルの顔がアップになる。

羨ましいくらい肌の肌理も細かいし睫毛も長い……とぼんやりしてる間に、小さく響いたリップ音。


唇に触れた感触は……もしかしてもしかすると。


「ふふっ。ご馳走様です」


にっこり笑ったレグリルは満足げだ。

では、その時はご覚悟なさって下さいね、と再度キスをして、次の瞬間にはレグリルの姿は青一面の背景とともに消えていた。



取り残された私が居る場所は見知らぬ高層ビルの屋上。目の前に広がるのは眺めの良い都会的な景色だ。


ここからどうやって一人で帰れと?


「何なのよーっ!」


……と叫んだところで誰も来ず。

恐る恐る屋上の出入口であろう扉を開け、人が居ないことを確認してから階段を使って降りた。

階段よ、階段!階段を降りたのよ!?足が痛いじゃない、レグリルのバカ!



*・*・*



(れん)くん、おはよー!」


「おはよう」


教室に入ったところで数人の生徒の固まりが目に付いた。

見慣れない光景に首を傾げつつ席に着く。


「おっはよ千早!」


「あ、おはよ聡音」


先に来ていた聡音が席までやってきて、生徒の固まりを指差してため息をつく。


「まーたやってるよ、あれ」


「“あれ”?」


「そう、あれ。毎朝毎朝よくもまぁ飽きないもんよねぇ」


初めて見たその光景をさも見飽きたものの様に言われても納得がいかず、「何の話?」と聞いてみた。


「何言ってるのよ、近原廉とその取り巻きよ。毎朝あんな感じでじゃれ合ってるじゃない」


聞いたものの、見覚えが無いどころか聞き覚えも無かった。

はて、と首を傾げる私を余所に朝から楽しそうにはしゃぐ取り巻き女子たち。その中心に居るのが近原廉という男子生徒だと言う。


窺うようにじっと見ていると、その近原廉が不意にこちらを向いた。栗色の髪と、少し長めの前髪からのぞくそれと同色の瞳。バランスよく整ったその顔立ちに、見覚えがある。

その美貌、昨日散々間近で拝んだ気がするのですが。


「レ、レグリル……?」


「千早さん、おはよう」


訝しげな顔をしていた私がボソッとこぼした呟きが聞こえたのか、レグリルとよく似た近原廉というクラスメイトはにこりと笑って手を振っていた。私を名指しで。

その眩しい程の極上の笑みに、周囲の取り巻き女子から悲鳴が上がる。


緑の美女の怯えた悲鳴とは違って嬉しそうな悲鳴だ。直後にきゃっきゃと笑い合っていた。


「直ぐに気付いて頂けるなんて嬉しいですね。けれど暫くの間この場では“廉”でよろしくお願いしますね、千早さん」


頭の中に響いた甘い声はレグリルのもの。目を見ているだけで、声に出さずとも伝わってきたのだ。


似てるんじゃなくて本人だった。

何で馴染んでるのよ、と目で問えば、私に出来ない事など有りませんよと笑う。……何様!!


「早く私を認めて下さいね」


不貞腐れたまま睨む私をくすりと笑うとレグリル……改め廉は取り巻き女子を引きつれて教室を出ていった。


「認めてない訳がないじゃない」


呟いたところでぷくっと頬を膨らませれば、傍に居た聡音には「は?ていうかまた不細工になってるんだけど」と笑いながら頬を突かれた。


当然、既に姿の無いレグリルに先程の呟きは伝わる事もなかった。

どうやら目が合ってないと以心伝心的な事にはならないみたい。



それにしても、並々ならぬ美貌はさておき、謎の多い若干ストーカー気質のレグリルに付き纏われる日々は何時の間にやら始まっていたらしい。学校にまで来るなんてね……。

きっかけはあの流れ星らしき青い光……地球にやってきたレグリルを見てしまったこと。



けれどレグリルの言っていた次の機会が意外と近いうちにやってくる事を常人の私は知らない。


ほだされた私を見て喜びの余り満面の笑みを浮かべたレグリルに抱き締められたまま青い光に包まれ、一瞬のうちに見知らぬ世界に着いてしまう事も……更に言えば、事の全てがレグリルの言っていた通りに運んでしまうだなんてベタな展開が待っている事も。


知らぬが仏と言うべきか、レグリルが学校にやって来た時点で逃げ場は無くなってしまっていた様だ。

取り巻き女子を引きつれて廊下を歩くレグリルが、並々ならぬ頭脳をもって近い未来の為にあの手この手の作戦を練っていただなんて、知るよしもなかったのだから。





end...?





最後までお読み頂きありがとうございました。誤字脱字ありましたらぜひご一報下さい。


宇宙人達の名前は姿から適当に付けちゃいました……(>_<)


         2012・1・4



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