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9・困惑

「おい矢萩、大丈夫か」

 少し離れた待合の椅子に座っていた萩原紀が立ち上がり、ふらふらと歩いていたまつりを見て、心配そうに声をかけた。

 瀬川のおばさんがおばあちゃんにそのまま付き添い、まつりは帰るように言われたのだった。

 萩原紀が救急車に同乗して一緒に付き添ってくれていたことを、まつりはすっかり忘れていた。

「萩原君」

 萩原紀の顔を見た途端、張詰めていた糸が切れたように再び涙が溢れてきて、まつりは両手で顔を覆った。

「おい、どうなんだよ? ばあちゃんは大丈夫だったのか?」

 声を出すと尚更涙が止まらなくなりそうな気がして、こくりと頷いた。

「そうか、良かったな」

 萩原紀は顔一杯の笑顔でそう言った。

「ありがとう」

 まつりはかすれた声でそう言うのが精一杯だった。

「矢萩が頑張ったから見つかったんだよ。……あのさ、こんな時に何なんだけど、俺……」

「まつりちゃん!」

 萩原紀が頭をかきながら話を切り出したとき、まつりを迎えに来た瀬川要の姿が見えた。

「まつりちゃん、俺のせいだろう? 俺が――」

「違うの。要ちゃんのせいじゃない」

「俺が悪かったんだ。……家まで送っていく」

 瀬川要は萩原紀のほうをちらと見た。

「萩原君はクラスメイト。一緒におばあちゃんを探してくれたの」

「そうか、ありがとう。君の家は? 送るよ」

「近所みたいなの」

 黙っている萩原紀の代わりに、まつりが答えた。

「要ちゃん、忘年会は?」

「母さんから連絡入ってすぐ抜けてきた。あれから酒は飲んでいないよ。今夜はいくら飲んでも酔えない気がしたから。飲んでいなくて丁度良かった」

 瀬川要の意味ありげな言葉。それは、付き合っていた彼女のことを想って? まつりはその言葉が気にかかった。

 三人は駐車場へと歩いた。

 ぎゅっ、ぎゅっ。

 酷く降っていた雪は止み、新雪を踏みしめる足音が響いた。

 萩原紀は硬く口を閉ざして一言も話さない。先を歩く瀬川要の背中をじっと睨みつけて、怒っているように見えた。

「さあ、どうぞ」

 まつりは萩原紀と後部座席に座った。

「まつりちゃん、今日は横に乗らないの? ああそうか、彼氏が一緒か」

「萩原君は彼氏じゃありません!」

 まつりは即座に強く否定した。

「そうか」

 瀬川要はそれ以上訊いてこなかった。

 ――むきになって否定してしまった。要ちゃんに変に思われた? こんなにどきどきしている。

 自分の言動を瀬川要がどう思ったか、まつりは気にかかった。

「矢萩、俺がおまえの彼氏じゃだめか?」

「えっ、またからかわないでよ。クラスで冷やかされているのに」

 黙っていた萩原紀の意外な言葉を、まつりは素直に取れなかった。

「俺は冷やかされても構わない」

「こんな時に馬鹿なことを言わないで」

 ――やだ、要ちゃんがいるのに。

「俺、本気なんだけれど。今日、会ってきちんと言おうと思っていたんだ。二十四日の夜に会ってほしいって。この前も言ったけれど、冗談だと思われていそうだったから」

「そんなこと言われても……」

「あ、俺ここで降ります。じゃ、明日はいい返事待っているから」

 大きな通りで車が止まり、萩原紀は振り返りもせずに走り去った。

 車は再びゆっくりと走り出した。瀬川要は無言のまま運転している。

「ムードも何もないんだもの。嫌になっちゃう。ね、要ちゃん」

 重たい嫌な空気。黙っているのが苦痛で、まつりは苦笑いしながらそう言った。

「ムードがあったら、オーケーしていたのか?」

「そんなこと、ないけれど」

「俺はまつりちゃんに振られたんだから、口出しする権利はないけれど」

 瀬川要は冷淡な口調で続けた。

 ――私が要ちゃんを振った? そういうことになってしまうの? 確かに要ちゃんから逃げ出したけれど。

 まつりは瀬川要の言葉に引っかかった。

 雪化粧したプラタナス並木を、仄かに明るい街燈が照らし出している。まるで車を吸い込むような木々でできたトンネル。今夜は薄気味悪くさえ感じる。

 萩原紀とはただのクラスメイト。好きなのは瀬川要。そう言いたかった。だが、瀬川要の後姿は冷たくて、無言の背中は会話を拒絶しているようだった。

 ――言えない。また要ちゃんを怒らせてしまいそうだ。おばあちゃん、これはおばあちゃんを利用しようとした私への罰ですか。私はどうしたらいいの? おばあちゃん、教えて。

 木々さえも自分のことしか考えない自分をあざ笑っているかのように見えた。

 家に着くまで二人は無言だった。

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