6・焦り
あれから、まつりは一度もお見舞いに行かなかった。おばあちゃんに会うのが怖かったのだ。
一週間が過ぎる頃、瀬川家の庭先におばあちゃんの姿があった。
だが、その姿は少し奇妙だった。雪の中、オーバーも着ずに大きな風呂敷包みを背負っている。
どうしたのかと窓から見ていると、瀬川のおばさんが慌てて出てきておばあちゃんを家の中へ連れ戻した。
「今朝退院したんですって。病院では心臓のほうは落ち着いたって言われたって。それに、帰りたがって仕方がないんですって。でも、ボケのほうが酷いらしくって大変みたいね」
母が掃除機の手を休めてまつりの方を向き、そう言った。
「ふうん」
まつりは気のない返事をした。
――どうせ、私が心配してもどうすることもできないもの。
まつりは苛々していた。クリスマスは刻々と迫っているのに、瀬川要とはあれ以来会っていない。まだ会う勇気がなかった。
――あと、三日しかない。もう無理かも。
小遣いを溜めて買った黒い皮手袋は、部屋に大事に置いてある。まつりは諦めかけていた。
「ごめんね、彼氏と約束しちゃって。まつりはクリスマスどうするの?」
「家でケーキでも食べようっかな?」
友達に、まつりはおどけて見せた。友達は彼氏と過ごす。それで焦っているというわけではないが、瀬川要のことをすっきりしないままにしておきたくない。
振られたとしても後悔しないように告白しよう。ようやく気持がそこまでたどり着いた所だった。
「矢萩、クリスマスは一人だって?」
放課後、萩原紀がにやにやしながら廊下で声をかけてきた。
「大きなお世話! 萩原君には関係ないでしょ!」
「俺、付き合ってやってもいいよ」
「えっ?」
「まだ、この前の奴のこと好きなのか?」
「萩原君には関係ない――」
まつりはそう言いかけたが、萩原紀の真面目な顔に言葉を詰まらせた。
「あのさ、本当に……俺、あいているから。じゃ!」
萩原紀はそう言って廊下を走り去った。
「萩原君?」
――なに? 今の。私のこと心配してくれたの?
まつりはあっけにとられ、そして、くすりと笑ってしまった。まつりの心がちょっとだけ温かくなった。気持が明るくなると、降ってくる雪までもが柔らかな暖かいものに感じられた。
悩んでいてもどうにもならない。振られるかもしれないけれど、思い切って要ちゃんに告白しよう。まつりはそう決心した。