3・母
「お見合いだって」
昼食時、母は嬉々として言った。午前中の瀬川家のお出かけを見ていたのは、矢萩まつりだけではなかった。
母もまた気になっていたのだ。早速、お隣の奥さんに電話して情報収集に励んでいた。
それによると、お相手は勤め先である銀行の札幌本店にいるお偉いさんのお嬢さんだそうだ。『お見合い』がいつの間にか『婚約』になっていたのだ。やはり、母の情報は当てにならない。
「凄いわよねえ。だって、本店のお嬢さんでしょう? やっぱりイイ男は得よね」
間違っていたことにはお構いなしに、母はミートソーススパゲッテイをほおばりながら話した。
「馬鹿みたい」
――要ちゃんのそんな噂を楽しそうに言うことないじゃない。
まつりはついふくれてしまった。
「まつりもねえ、もうちょっと可愛げがあったらねえ」
「なによ、それ」
「しょうがないか。ママの子だものね」
母はまつりを見て、嫌なため息をついた。
確かに二人は似ていた。丸顔に団栗目で、女らしい服装をしても、大人っぽく見えない。スリムといえば聞こえはいいが、凹凸がなく、子供体型だった。母はいつまでたってもジーパンにティーシャツが一番しっくりしていた。髪は長く伸ばし、一緒に買い物に行くと姉妹に見られることもあるほどだ。
若作りしているわけではないのだが、小柄でいつまでも幼く見える。それに加えて一向に大人の落ち着きをもてない母。
まつりは自分の外見にコンプレックスをもっていたのだが、それを全て母のせいにしていた。
母の娘である自分は、この先、メリハリのある体型になるという望みは薄いと、まつりは勝手に思い込んでいた。
一方、父は体を動かすことが好きなのだろう。仕事のためもあり、常に体を鍛えることを怠らない。程よく引き締まった体型に、あくまでも爽やかな笑顔。久しぶりに会うと一緒に歩いて自慢したくなるような父だ。若い頃はさぞかし女の子にもてていたのではないだろうか。父は母より十一歳も年上だったが、その年の差を感じさせない快活さがあった。
子供っぽい母がどうやって父を射止めたのだろうか。どうも想像できない。一度、まつりは母に聞いてみたことがあったがうまくはぐらかされた。
――どうして父に似なかったのだろう。こんな私でも恋人ができるのかしら?
「いやになっちゃう」
まつりは小さくため息をついてフォークを皿に置いた。
「まつりちゃん、好きな人がいるんでしょう? なんでも相手にはっきり言わないと後で後悔することになるわよ」
どきりとした。
母は全てお見通しだとでも言うように、真面目な顔をしてまつりを諭した。
「ごちそうさまっ」
まつりは席を立ち、逃げるように自分の部屋へ上がった。