オルゴールでは音のない舞踏会が開かれている
そのオルゴールには旋律がない。
木の蓋を開ければ、舞踏会が開かれていて、クルクルと踊り続ける人形たちがいるだけ。
黒は王
赤は王妃
白は聖女
紫は王子
一番輝き、栄華を極めた瞬間を切り取った。
「お母さん、そのオルゴール、音が鳴らないの?」
中学生の娘が携帯から視線を外し、声をかけてきた。
人形は正常に動いているのに、音が無いことを不思議に思ったのだろう。
「そう。壊れたの」
「直さないの?」
「このままでいいのよ」
ふうん、と娘は再びスマホに視線を戻す。
「このままがいいのよ」
「え?」
「なんでもない」
家族が家にいて、天気がよく穏やかな日に、私はこのオルゴールを開く。
今の幸せを味わうためだ。
同じ動きをする人形たちを目にすれば、いつでもあの頃の私に戻る。
大昔の、豊穣を司る女神だった頃に。
私は、信仰心と引き換えに実りを与えてきた。
満ち足りていて、誇らしかった。
けれどもある日、人間のなかに奇跡の力をもった者が現れた。その者は聖女と呼ばれ、人々に癒しや微々たる実りを与えた。
やがて彼らはその者を崇め始め、更に王家も聖女を女神の化身だと宣言し、王族として迎え入れた。
次第に私への祈りは途絶えていき、豊穣の力は枯れ、私は暴走し、国を滅ぼした。
滅ぼすと決めた日。
空は穏やかに晴れていた。
その日は聖女と王子の結婚式の舞踏会だった。
美しく着飾り、微笑み合って国の行く末が安寧であると信じ切った瞬間、魂ごと切り取り、オルゴールに閉じ込めた。
徐々に倒れる国を見せるより、永遠の苦しみを与えたかったから。
私は罰として神の地位を剥奪され、見知らぬ世界で人として生きることとなった。
オルゴールだけ、この手に残すことを許されて。
――中身を知ったら許さなかっただろうけれど。
よくよく見れば、踊る人形たちの表情が苦悶に満ちていることに気づいたはずだ。
彼らの魂はまだ生きている。
あるときは涙を流し、
あるときは憎しみを向け、
あるときは絶望の笑みを浮かべている。
同じなのは、蓋を開ければ怨嗟の声が聴こえること。
これがとても心地よい音色で、
私の心も踊る瞬間だ。
隣家から赤ん坊の泣き声がして現実に戻る。
携帯から目を離さない娘。
ソファで本をめくりコーヒーを飲む夫。
これが日常。
「ねえ踊ろっか」
何の気なしに娘に声をかければ、胡乱な瞳を返された。
その反応に満足し、ふと思う。
――物好きな神様が今日を切り取ってくれないかしら。
そうすれば、永遠に家族といられるのに。
と。
読んでいただきありがとうございました。




