強くて、逞しくて、素直じゃない。そんな私を好きですか?
「あげはさんお疲れっしたー!」
「俺らこのあと爺さんの家に呼ばれてるんで、ここで失礼しますー」
「…え?」
今年も炊き出し会に参加していた毒蠍の面々が帰りの挨拶をしてきたと思ったら、何やら耳慣れない言葉を聞かされた気がした。
「爺さんちで鍋パーティーするんです」
私が聞き返すと赤モヒカンが答える。彼の手元には足の悪いおじいさんの車椅子が。それをゆっくり押して歩き始めた。…不良の面々は何だかこのご近所のご老人たちと妙に仲良くなっているようである。
彼らはワイワイと集団になって正門を出ると、そのまま夜の暗闇へ消えていった。──鍋パーティをしに。
去年の春先には尖っていた彼らが……今じゃボランティアみたいに……相変わらず服装は不良だけど。これはいい変化なのだろうか……?
「西さん、ID交換しましょ」
後ろでボス猿同級生の声が聞こえて私ははっとする。振り返れば、スマホを持った彼女が嗣臣さんに連絡先交換をせがんでいるではないか。
「あげはちゃん! しっかりね!」
「そうよ、油断は禁物!」
「報告楽しみにしてるねっ」
帰り際に友人たちに念押しされた私は、帰宅していく彼女たちをぽつんと正門前で見送りながら途方に暮れていた。最後の綿貫さんに至っては完全に面白がっている。
これでけじめを付けていなかったらきっと非難轟々なんだろうな…
「あげはちゃん、送っていくよ。帰ろう?」
嗣臣さんにそう声を掛けられて見上げると、いつも通りの彼がいた。その背後には何やら不貞腐れた顔をするボス猿同級生が私を睨みつけている。彼からID交換を断られたのであろうか。
周りが慎ましい女性ばかりではない。…こうして積極的な女はたくさんいる。私はいつまでも受け身でいてはならない。ここで怯んでは女が廃るってものである。
「帰りましょう!」
自分から積極的に嗣臣さんの手を掴みに行くと、彼が少し驚いた顔をしていた。私はそれに構わず彼の手を引いてずんずんと歩き始めた。
よっしゃ、告白というか交際の申込みをするぞ! と、意気込んだのはいいが、私達は無言で歩き続けていた。なにか話そうとは思うのだが、何も思いつかない。
辺りはクリスマスの飾りでチカチカ輝く家々がある。場所によってはクリスマスツリーだってあるんだ。よく考えると聖夜の夜に告白ってすごくロマンチックに感じるんだけど……私にはロマンチックな告白の仕方が思い浮かばない。
どう切り出すか迷ったが、ストレートに聞くことにした。
「あの……嗣臣さんって私の事好きじゃないですか」
「うん、そうだね。大好きだよ」
私が彼の気持ちを確認すると、嗣臣さんはためらいなく肯定した。そんなはっきりと…恥ずかしくないのだろうか。私は恥ずかしい。
どくどくと心臓が暴れる。
言え、言うんだ、と自分に命じるが、緊張で舌がもつれそうになる。彼の手を握る私の手のひらはじっとりと汗をかいている。その時点で可愛く告白するなんて無理なんじゃないか。
「あの、その……実は私も好きなんですよ」
本来であれば本人の顔を見て言うべきことなのだが、私は恥ずかしさのあまりイルミネーションに輝く他所様のお宅を見つめながら気持ちを伝えた。最悪である。
自分の不甲斐なさにぎゅむっと握っていた彼の手を握りつぶした。
…これが私の限界である。可愛く告白とか無理だ。けじめつけるので精一杯である。私が照れ隠ししながら思いを告げると、彼は……。
「ヤダかわいい…持って帰りたい」
空いた手で口元を隠して、抑えきれない衝動でふるふる震えているではないか。
──あ、そうだった。この人脳内お花畑なんだった。私に関わるものすべてフィルターが掛かって見えるから、多少可愛げがなくてもこの人の目には可愛く映るんだった。…調子狂うなぁ…
「それで! お付き合いとか! 真剣に考えてるんですけど、そこん所どうですか!」
私は半ばやけくそになって叫んだ。
可愛子ぶるのはその後だ。とりあえず白か黒かをハッキリつけようじゃないか!
「え…?」
なのに嗣臣さんは訝しむような表情を浮かべていた。眉をひそめて、どうにも不思議そうな顔で私を見下ろしている……
え。なにその反応。
まさか、兄と同じく彼女は作らない主義とか言うんじゃ……
「もう付き合っているつもりだったんだけど」
その言葉に私の頭は真っ白になった。
なんだって? もう付き合ってるつもりだった、だと?
「……嗣臣さん付き合おうとか言ってないじゃないですか!」
いやいや、いつからだよ! 私は知らなかったぞ!?
「好きだって言ってキスして抱きしめあってるし、デートもしてるでしょ? あげはちゃんも嫌がってないからそのつもりだと思ってた」
ま、まぁそうだとしても! それでもさ、お付き合いしましょうから男女交際は始まるものじゃないですか! …そうじゃないの!?
「交際を周りに否定するのは、照れ隠しかなとてっきり……でもうん、そうだね」
嗣臣さんは首を傾げていたが、居住まいを正すと、私と正面から向き合った。
彼の黒曜石の瞳が、クリスマスイルミネーションでキラキラ輝いている。そのせいで彼の瞳の色の深さが伝わってきてそれから目が離せなくなる。
「あげはちゃんが好きだよ。あげはちゃんのそばにいると強くなれる気がするんだ。これからもずっと俺のそばにいて欲しい」
何度も何度も彼から好きだって言われていたのに、私ははいはいと適当にあしらい、可愛げなく受け取ってきた。正直、私以外にも綺麗で可愛い女性はいるだろうに彼は私を好きだと言うんだ。
不良からすべて守られたわけじゃないが、危機には何度も助けられた。退学になりかけた時も陰で暗躍してくれた。
好物の花丸プリンを頬張る私をとろけそうな笑顔で見つめてくる彼のその目に落ち着かなくなったのはいつ頃からであろう。好きだよと言われるたびに何度胸がむず痒くなったことであろう。
兄の友達、隠れ不良、成績優秀なのにちょっと頭がお花畑のお兄さんだったのに、私はそんな彼を好きになっていたんだ。
「…淑女になれなくても?」
淑女を目指してこの学校に入ったけど、どんなに頑張っても手と足が出てしまう。私を狙う不良がこの世にのさばる限り、私が大人しくなれる気がしない。
それに素直になれなくて、可愛くないことばかり言ってしまうのに? 生意気な女でもいいの?
思わず不安を呟いた私の言葉に彼は苦笑いを浮かべていた。
「淑女にこだわってるのはあげはちゃんだけだよ? …強く逞しいあげはちゃんが俺にとって世界一の女の子、それだけじゃ駄目かな?」
……駄目なわけがない。
私は頷く。
彼が私を特別だと言ってくれるなら、今はそれで満足だ。
「…私も嗣臣さんが好きです。こちらこそよろしくお願いします」
やっと素直に、可愛らしく告白できた私。彼の目にはちゃんと可愛く映っているだろうか。
嗣臣さんは微笑んでいた。私は彼の目に捕らわれて動けない。自ら蜘蛛の巣に飛び込んだ愚かなアゲハ蝶みたいに。
身をかがめた嗣臣さんが私の顔に近づいてきて、私達の距離はなくなった。触れる唇は冷たかったけど、お互いの唇が重なり合うとどんどん熱を持ち始める。嗣臣さんの舌が口の中に潜り込むと、捕食されるように私の舌に絡みつく。私は彼からのキスに縋り付く。
欲張りな私はもっと欲しくなってしまったのだ。
何度もキスしたのに、この時のキスははじめてのキスみたいにドキドキした。
チュッと音を立てて離れた唇。名残惜しく感じながらゆっくり目を開けると、こちらを覗き込む黒曜石の瞳。狙いを定めた肉食動物みたいなその目にゾクッとした。
…自称・狼の彼が目覚めたような気がしてならなかったのだ。
「あの、私は初心者なので、是非とも清く正しい男女交際でお願いします!」
初っ端から飛ばすのだけはやめてくれ。私は兄とは違う、身持ちの固い女なのだ。
「うーん、それは叶えられない願いだね。ねぇあげはちゃん、今晩はうちに来ない?」
いつもなら私のお願いを二つ返事で聞くくせに、嗣臣さんは渋った。あまつさえ、ふしだらな行為へのお誘いをしようとするのだ。
性なる夜と聖なる夜は似て非なるものである。
なんてふしだらな。そんなの駄目なんだぞ。
「駄目です! 私は淑女になるんですから! 私は帰ります!」
掴まれていた両手を振りほどくと、私は踵を返した。自称狼め、下心を隠さずにオープンにしおって。だめだぞ。聖なる夜なんだから自重しなさい。
「あけはちゃん、待ってよ」
嗣臣さんが手を掴んできたので、仕方ないので手をつないで帰る。なんか横でいつもみたいに「あげはちゃんが可愛いから悪いんだよ」と頭がフラワーなこと言ってるが、やっぱり私ははいはいとあしらってしまう。
ちょっと甘い顔を見せたらすぐに牙を剥く嗣臣さんのしつけは私が管理せねば。
「少なくとも3ヶ月はキスのみですよ」
「手厳しいなぁ」
嗣臣さんは苦笑いしているが、私は惚れた弱みですぐに体を捧げるほど恋愛脳じゃないからな。順序を追った交際じゃないと許しませんよ。
淑女への道を私はまだ諦めていない。
紅蓮のアゲハという異名からの脱却が当面の目標。これからも私は淑女として日々邁進するのだ。
強く、毅然と、逞しく! 私はレディへの道を歩むのである!
これにて本編完結。
次は一話だけ茉莉花視点の小話をお送りします。




