第2の女【三人称視点】
※女性に対する乱暴描写があります。
「ばかばか、琥虎の馬鹿!」
「うんうん、もう泣きやめ、な? 家まで送ってやるから」
あげは達が立ち去った現場では、エルボーの衝撃から回復した琥虎が女の子にポコポコ殴られていた。…とはいえ、それはあげはのエルボーに比べたら赤子のような攻撃。琥虎にとっては痛くも痒くもない。
「いやっ、キスしてくれなきゃ帰らない!」
「…しかたねーなぁー」
キスをねだられた琥虎は何の躊躇いもなく、身をかがめて彼女の唇にちょんと軽い口づけを贈った。
触れるだけの軽い口づけ。琥虎は言われたとおりにキスしてあげたのだが、彼女は不満そうにむっすりしていた。
「いつものと違う…」
「わがまま言うなや。ほれ、帰るぞカナ」
「ヤダもん! いつものがいい!」
駄々っ子のようにせがむ彼女…カナを見下ろした琥虎は疲れた顔をしていた。
琥虎が特別を作らないのは、女性のこういったご機嫌取りをするのが面倒くさいからと言った理由がある。女は好きだし、性欲は発散したいけど、色恋のごちゃごちゃしたことは面倒だという…なんとも最低な理由からである。
「ほら、口開けろ」
琥虎はカナの顎を指で持ち上げると、半開きのその唇に噛み付いた。
「んむぅ…」
琥虎の熱い舌がカナの舌に絡むと、カナの体はビリビリと電流が流れたかのように痺れた。
少々乱暴に口内を舌で犯されたカナはくぐもった声を漏らす。琥虎の服を握りしめてすがるように彼のキスを求めていた。
──カナは、少し前まで真面目な女子高生だった。黒髪にノーメイク、制服だって正しく着こなしていた。年頃らしくコンプレックスに悩む、男なんて知らない初心な女の子だったのだ。
それが今では派手な洋服に身を包み、髪を明るく染め、慣れないメイクで自分を飾っている。
その理由は目の前にいる琥虎という男だ。
話は単純なこと。しつこい強引なナンパに遭っていたところを琥虎に救われたと言うだけだ。
ただそれだけのことなのだが、カナは恐怖で声が出なくて怯えて震えていたところだったので、そこで現れた琥虎が白馬の王子のように見えたのだ。
琥虎に恋をした彼女はなんとしてでも彼に近づきたかった。いくら相手が不良でも、女ったらしでも構わなかった。
カナにとっての王子様は琥虎、唯一人だったからだ。
そのためにメイクもオシャレも頑張り、彼に近づく努力をしたのだ。
女の子に囲まれる彼の側にやっと近づいて、やっとのこと琥虎から声を掛けられたときは天にも昇る心地だったという。
彼女にとって初恋の王子様。初めてを捧げた相手。そして知らない快感を教えてくれた人。コンプレックスをまるごと可愛いと認めてくれた素敵な人。
身も心も琥虎のトリコになっていた。
唇を吸い合い、お互いを求めるかのような行為。カナの腕が琥虎の大きな背中に絡む。
それを見ている人物がいるとは気づかずに、彼らはお互いを貪り合っていた。
直ぐ側に、棒立ちした女の姿があるとは気づかずに。
目撃してしまったその女は、夢中で熱く唇を重ね合うふたりを涙を流しながら眺めていたのである。
■■■■■
珍しい人物からカナ宛に連絡が来た。
「…話って何?」
突然とある場所へ呼び出されたカナはおっかなびっくり目の前にいる女に問いかけた。
そこにいたのは琥虎の周りにいた女の1人だ。琥虎の側にいたのは自分ひとりではない。恐らく、牽制のために呼び出されたのだろうとカナは予想していた。
そこは半年前まで琥虎がたむろっていた古びたBARだ。今現在は使われておらず、廃墟状態となっている。
何故こんな場所に呼び出すのだろうと不思議に思いながらもカナは1人でのこのこやってきたのだが……
「あんたに用があったのよ。…純情アピールしておいて、その体で琥虎をたらしこんだんでしょ。そんな淫乱女のために用意してあげたの」
呼び出してきた女の後ろのバーカウンター奥の扉が開かれたかと思ったら、そこからぞろぞろ男たちが現れた。
見覚えのない男たちだ。琥虎の仲間ではない。
カナは嫌な予感がした。この場から逃げようとすぐさま踵を返そうとしたが、一歩遅かった。
「おっと、逃さねーぜ?」
背後に回ってきた男に体を拘束されたのだ。それにゾワッとしたカナは体を震わせた。
そんなカナの心境など知ったこっちゃないのか、後ろから男の手がカナの胸をわしづかんだ。その触り方は雑である。琥虎の手とは大違い。
「いたっ!」
「乳でっけぇな。…マジでこの女やっちゃっていいの?」
カナが痛みに声を上げたが気にすることなく、握りつぶすように胸を揉んでくる男。カナは逃げようとジタバタ暴れるが、テーブル席の上に乱暴に押し倒されてしまった。
「いやっ!」
コートの中に着用していたニットワンピースを捲りあげられ、下着姿が男たちに晒される。カナの肌を見た男たちの目の色が変わった。
男たちの視線を一気に浴びたカナは泣きそうだった。琥虎にしか身体を許したことが無いのに、これから知らない男たちに汚されてしまうのだとわかると悔しくてたまらない。
「どうして! どうしてこんなことするのっ」
自分を嵌めた女に向かってカナは叫ぶ。いくらなんでもここまでされる謂れはない。ここまで恨まれる覚えは無いのだと叫ぶ。
カナを嵌めた女は、今にも手籠めにされそうなカナを見て、ハッと嘲笑した。憎い女がこれから汚される。それか愉快でたまらないのだ。
「どうして…? あんたのことが許せないからに決まってるでしょ!」
女も琥虎を想う一人。琥虎のお手つきになったこともある。
彼を悦ばせようと頑張った。彼も褒めてくれたし、女をベッドの上でたくさん可愛がってくれた。
なのに…
「琥虎が大事にしてる女をボロクソにしてやらなきゃ気がすまない! …琥虎はね、同じ女を抱かないのよ。知ってた?」
琥虎が同じ女を抱くことは二度とない。
琥虎は言っていた。特別は作らないのだと。勘違いする女も居るから、同じ女とは遊ばないのだと。
悔しいけど、今まで相手をした女みんなそうなら仕方ないと諦めるしかない。無理やり自分を納得させていたのに、ここへ来てこの女が琥虎に熱く抱かれている姿を目撃してしまった。
彼女は嫉妬に溺れてどうにかなりそうだったのだ。
「どうしてあんたみたいな女っ、私のほうが琥虎を悦ばせてあげられるのに!」
女は顔を覆って泣きじゃくり始めた。悔しくて堪らなかった彼女の嫉妬心がこのような凶行へと走らせたのであろう。
彼女は恋に溺れてしまったのだ。悪い男に引っかかってしまい、嫉妬に狂った挙げ句善悪がつかなくなってしまったのであろう。
やっていることは決して許されることではないが、これはすべて不誠実な男・琥虎が後先考えずに遊びまくった弊害なのだ。
「…へぇ、じゃあ手始めに俺たちを悦ばせてもらおうか」
彼女の話を聞いていた1人が声を上げた。
カチャカチャと音を立ててベルトを外す男たち。泣いていた女は呆けた顔で振り返った。
「ち、ちょっとまってよ、私じゃなくてあの女を」
「男に冷たくされてしょげてるんだろ? だから俺たちが二人まとめて可愛がってやるよ」
「キャッ!」
まさかと思ったのだろう。頼んだのは悪い女への制裁。なのに自分まで同じ目に遭いそうになっている。
女は慌てて逃げようとしたが、出口を封じられ、床の上に引き倒されていた。
「こっ琥虎!」
「助けに来たらいいなぁ? 男の家にお手紙置いてきたんだろー?」
「今時手紙かよ。あ…そっか。お前その男にブロックされたんだったな。カワイソーに」
本当に可哀想に思っているかは定かではない。ニヤニヤといやらしく笑う男たちに、女は顔面蒼白になった。
「2番目は俺にまわせよ」
「いやぁ! やめてよぉ!!」
男たちによって体を抑えつけられた女は叫ぶ。
「いやっ、琥虎っ琥虎ーッ!」
憎い女に嫌がらせをしてやるはずが、自分まで同じ目に遭うとは思わなかったのだろう。
「助けて琥虎、いやっ! いやぁぁ!」
カナが悲痛な叫び声を上げた。
服を剥ぎ取られ、体を抑えつけられた彼女達は足掻き、叫び、抵抗を試みたが、男たちには敵わず、その体を貪られようとしていた。
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「なんだこれ……」
敷地内に投げ捨てられた紙くず。それをトングで拾った金髪黒マスクの青年はそれを手にとって顔をしかめていた。
人様の家に紙くずを投げ捨てるとはどこの狼藉者か。この家に住まわれている方をどこのどなたと思っているのかと彼は怒りを覚えていた。
「…なにしてんの」
そこに学校帰りのあげはが呆れた顔で声を掛けてきた。黒マスクはしゃきっと背筋を伸ばすと、45度の綺麗なお辞儀をした。
「あっ! あげはさん、おかえりなさいませ!! これが敷地内に投棄されてました! どこの無礼者でしょうか、見つけ出して処しますか!」
「いや、処さなくていいから」
危険な発言にすかさず制止をかけたあげはは青年が手に持つ紙くずを受け取って開いてみると顔をしかめた。
【三森琥虎へ。女は預かった。返して欲しくば、BAR佐ぶ郎までひとりで来い】
あげはの兄、琥虎宛の不穏なお手紙だったからだ。またどこかの不良にケンカを売られているじゃないかと、あげははがっくりする。
──この文面には気になる内容がいくつかあった。
あっちこっちにフラフラしている琥虎には特定の女はいない。本人も作らない主義だと豪語している。女、というのは誰のことを言っているのだろうか?
そしてBAR佐ぶ郎という店の名前。
ここは琥虎が今よりも派手に遊び回っていた時に溜まり場にしていた場所だ。使用されていない店に不法滞在していたってわけだが……いやこの際そのことは隅に置いておこう。
あげははなんだかひどい胸騒ぎがした。
兄宛の脅迫状だが、兄は不在だ。家にバイクが無いので遠乗りに行ってる可能性もある。自由人な兄のことだ。いつ帰ってくるかは不明だ。
あげははそれを黒マスクに突っ返すと彼に言った。
「…馬鹿兄貴が帰ってきたらそれ、渡しておいて。私は先に行っているからって伝えてくれる?」
「へ…」
ポカン…とした黒マスクの横を通り過ぎると、あげはは家の敷地内に停めてある赤のママチャリを引っ張り出してきた。学校のかばんは玄関に押し込んで、貴重品だけを制服のポケットに押し込むと、ママチャリにまたがる。
「あげはさん、紅蓮のアゲハ号に乗ってどこへ…」
「絶対に渡しておいてね!!」
黒マスクの問いに答えず、あげははペダルを強く踏みしめた。
「あげはさん!カチコミですか!?」
「お供しやす!!」
「来なくていいよ!」
別の場所でゴミ拾いをしていた毒蠍のメンバーが声を掛けてくるが、あげはは立ち漕ぎをして彼らを振り払おうとした。
だが中にいるタフな連中が走って追いかけてくるではないか。
あげはは彼らのその忠誠心におののきながらも、自分の勘を信じて、目的地BAR佐ぶ郎まで紅蓮のママチャリをかっ飛ばしたのである。




