そんな都合のいいことあるかっての
私は…私は何か間違えてしまったのか…?
そんな時慌てて父上が飛び出してきた。
「こ、侯爵!私は一度も侯爵家の継承とは申しておりません!しかもその前に執事の調査結果を元に息子にはエステル嬢が男爵家の生まれであることも説明しております!」
「ふふ。伯爵さま。お父様も私もちゃんと分かっておりましてよ。安心なさいませ。」
ここにきて背中の冷や汗が止まらない。私は愛するエステルと侯爵家を継いでいくのではなかったのか…?
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「エステルよ、お主はどういうつもりなのだ。
あれほどセリンが言い聞かせておったというのに。自分の父親が誰なのか、爵位はどうなっているのか、分かっていなかったとは言わせないぞ。」
「で、でも侯爵様!小さな頃からクリスティーネお嬢様とはずっと一緒に過ごしてきて!侯爵様もまるで本当の姉妹のようだな、と仰ってくださったではないですか!
それなら!ソルビタン様が私を選ばれるのであれば!侯爵となるソルビタン様を私がお支えして侯爵家を盛り立てていけば良いではないですか!」
お父様とエステルの会話が耳に入ると周囲の騒めきが酷くなる。
…エステル様、今侯爵様と仰ったわ。
…クリスティーネ様のことをお嬢様と仰ったわ。
…それって
…本当に侯爵家の娘ならそんな風には
その声を聞いて、ソルビタンもエステルから距離を取ろうとしている。まあエステルが必死にしがみついてるから無駄そうだけど。
というか真実の愛、脆すぎない?もうダメになってんじゃん!
その様子を見た途端、エステルに侍っていた下位貴族の令嬢令息が潮が引くように散っていく。
あらまあ。今更距離を取ったところで。
「まぁぁ!エステル様のご友人方は薄情なのねぇ!」
「ええ!本当に!こんな時こそお支えしてあげることが真の友情でしょうに!」
「こんなに簡単に手のひらを返すなんて、私たちも今後のお付き合いも考え直さないと!」
"ねぇぇぇ!"
それを聞いたエステルに侍っていた令嬢令息の顔が青ざめていく。
うんうん、持つべきものは友なのよ。貴方たちみたいな薄っぺらいのとは違って私達は小さな頃からお互いを信頼しあってきたのよ。
友情なんていう言葉で一括りにしないでほしいものね。
と、友に深く感謝しているとお父様がまとめに入ったわ。
「まあ、一度に情報が入ってきてソルビタン君、君も混乱しているだろう。
だから端的に言うよ。
君が婿入りして爵位を継ぐ。これは間違いないことだ、安心しなさい。卒業後平民となることはないのだから。」
途端に顔色が良くなったソルビタン。どこまでも自分に都合良くしか考えられないのね。
「はい!侯爵様。私はどうやらエステルに騙されていたようです!本当に申し訳ありませんでした。これからは騙されたりせずにクリスティーネを大事にして侯爵家を盛り立てていきます!」
いや、まぁさぁ、確かにお父様もわたくしも多少ボンクラなくらいの婿がいいとは言っていたわ。
けど、あの話の流れの後にまだ侯爵家に婿入りできると思ってるんだろう。しかもどうにか誤魔化して有耶無耶にしたい、みたいな感じでもなくて騙されたオレかわいそう!これから気をつけるから!って思ってそうなのがもう、ね。
あれほど真実の愛で結ばれたと大騒ぎしていた魂の片割れをあっさり捨ててしまうなんて。エステルも信じられないって顔で見てるわよ。それでもぜったい離さないって気概だけはすごいけど。
ではこの辺で!あなた達の出番よ!アンサンブル!
「まぁぁぁ!お聞きになりまして!先ほどまであれほど熱く語っていた愛をあっさりお捨てになりましたわ!」
「えぇ聞きましてよ!魂の片割れよりも爵位をお取りになりますのねぇぇぇ!
あぁでももしかしたら。」
ヒソヒソヒソ
「そう!白い結婚ー!!そうよ、爵位継承した上でクリスティーネさまをお飾りの本妻、魂の片割れであるエステル様との愛のある家庭を別に持つおつもりなのよ!」
そしてまた3人が声を合わせて
"それってやっぱり!お家乗っ取りー!!"
またもやホールに再び響きわたるお家乗っ取り。
お父様が私に囁く。
良い友を持ったな。大事にするんだぞ。
そしてアンサンブルに安心させるように語りかける。
「そうはなるまいよ、クリスティーネの親友のみなさん。彼が継ぐのは我が家ではない。
エステルの生家、プロムヘキシ男爵の跡だよ。」
「まあ!そうでしたの⁈私たちてっきりお家乗っ取りかと!」
「エステル様のご実家をお継ぎになるなら確かに爵位の継承ですわね。」
「それなら私たちも納得できますわ。」
あれ…
けど…
さっき…
"エステルに騙された!クリスティーネと侯爵を継ぐって!"
"仰ってましたわー!!!"
すごい、このあたりは成り行きでなんとなくよろしくね、しか言ってないのに。見事な連携プレーだわ。
ソルビタンは安堵の顔から一転、表情が抜け落ち顔面蒼白となっている。
「こ、侯爵様?私が継ぐのは侯爵家…です…よね?だって私は騙されたんですよ?エステルは母違いの姉妹だって!」
「そんなわけあるまい。君は今の状況を把握しているのかい?
一介のメイドに籠絡され、侯爵家の簒奪を企てたと罰せられても仕方ないんだぞ。
それを!侯爵より格下とはいえ!
貴族の末席にまだ置いてやろうという!
私たちの温情に!
納得がいかないと言うならもういい。
それなりの罰を受けるといい。
伯爵よ、私は貴方にも貴方の息子にも散々温情を与えたぞ。その上でのこの無能っぷりだ。恨むなら他でもない、自分の子育ての至らなさを恨むがいい。」
「恐れながら侯爵閣下。私にもひとつ発言をお許しいただけますでしょうか。」
あら。新キャラね。彼の方は確かソルビタンの1番上のお兄様ね。
「おぉラシミッツ殿。留学からはもう戻られたのか。向こうの国でいたく気に入られて帰国させてもらえないんじゃないかと噂になっていたぞ。」
「いえいえ閣下。それは友人たちのからかいですよ。お恥ずかしい限りです。
そして本来ならばきちんと時間をいただきご報告する予定でしたが、愚弟の愚かな行いにより急遽発表となる事をお許しください。
昨日付でセスキオレイン家は代替わりし、私が当主となりました。
前当主である父につきましては引き継ぎが終わり次第領地にて隠居、愚弟については侯爵閣下とクリスティーネ様のご厚情に甘え、プロムヘキシ家への婿入り、男爵位の継承とさせていただきたく存じます。」
「し、しかし兄さま。私は詐欺の被害者のようなものです。これからはこんな過ちを犯しませんのでクリスティーネとの縁をふたた」
バチコーン!
ラシミッツ様の平手、なんて痛そうなの。
…ソルビタン、白目を剥くのは良くないと思うわ。痛いほど気持ちはわかるけど。
ソルビタンの身勝手な言い分は言い終える前にラシミッツ様の手により阻止されたのだった。
「ソルビタン、お前には多くの選択肢は残されていない。男爵家を継ぐか、平民になるかだ。
平民を選ぶのなら、我が家からの独立ではないぞ。縁を切ることになるからな。
援助は期待するなよ。」
兄の容赦ない責苦にやっと理解したのかソルビタンは
「はい、兄上。侯爵様、…クリスティーネ嬢。度重なる失礼誠に申し訳ありませんでした。
これからはエステルと共に男爵領を盛り立てて参ります。」




