三文芝居の始まり
「まぁ本当ですの?
ソルビタン様がエステル様を選ばれたと?」
「母親が違うからと虐げるのは間違っているですって?そりゃ母親は違いますわよね。父親も違いますけど。」
「え!その勘違いのままエステル様と再婚約してカルボシス家をおふたりで継ぐつもり?それって…」
"お家乗っ取りじゃありませんかー!!"
ハイハイ、みなさまお静かに。
何のために人払いしたと思っているんですか。聞かれると困るからでしょ。
友人たちのお父様は子爵に伯爵、侯爵。そう。ソルビタンよりも爵位が下の家柄の子もいるわ。
でもね、私が説明するまでもなく彼女たちのお父様はソルビタンとエステルについて正確に把握していたわ。そう。調べればすぐにわかる程度のことなのだ。その程度の事実をここに至るまで把握できなかった無能な入婿とその実家なんて必要ないのである。
だからその場に集まった友人3人にこれからの計画を説明し、協力を仰いだのだった。
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そして今日は卒業の祝宴の日。卒業するものと、その婚約者、家族が参加を許されている。
婚約者がいるものは婚約者と、いないものは家族をエスコートしたり、してもらったり。
そんな中、いつの間にか婚約者が代わっていたソルビタンは注目を集めていた。
「ソルビタン様、この度はエステル様との再婚約おめでとうございます。
クリスティーネ様とは…ええ、円満解消なんですよね。お聞きしていますわ。」
「ええ、そうなんですよ。
母親が違うと言うだけでエステルを虐げて使用人のような扱いをしていてね。
見るに見かねて注意をするうちに、彼女を守らなければという使命感を得まして。ええ。そうするうちに、身内にさえ使用人のような扱いができる彼女との未来が見えなくなってしまってね。彼女との婚約を解消してエステルとともに歩んでいこうと決意したのです。」
彼は随分と自分に酔っているようだ。言ってることは"婚約者より妹の方が好みだから乗り換えたんだよー"なんだけどな。そもそも妹じゃないけど。
あああお父様お顔を!お顔をもう少し!取り繕ってくださいませ。
面白いのは分かりますけど、この後のネタバレになってしまうから!我慢ですよ!
自分に酔った彼の話を聞いて、周囲は3つの反応に分かれた。
まずはエステルの取巻き、もしくはこの件を使って我が侯爵家の勢いを削ぎたいと思うもの。
「まぁぁぁ!なんて素敵なお話でしょう!虐げられていたエステル様を救い出し、愛を誓い合うなんて!」
「今までみっともなく縋り付いて真実の愛を邪魔した報いがとうとう!」
「あのお二人が侯爵家を導いていくのならお父様も安堵なさるでしょうねぇ。」
エステルの取巻き達は、恐らく彼女の都合良く誤解を与える言い方をそのまま信じてしまったのでしょう。
だってほとんどが当家とは関わることのない男爵家、子爵家のご令嬢とご令息ですから。
真実を知る術も伝手もなかったのでしょう。
その点は同情に値するけど…人を、それも自分よりも身分が上のものに片方の言い分でもって非難がましい口を利くのは迂闊というかなんというか。
まずは自宅に話を持ち帰ってどちらを支持するか親の判断を仰ぐくらいの聡明さがないとね。
上位貴族の家に勤めるのは難しくなったでしょうね。
そして二つめ。
もう少し爵位は上の方々のようですけども、あまり情報を集めるのはお得意ではないようね。伯爵家に…まぁ!侯爵家の方もお二方ほど!
今の茶番劇を観て、どちらに着くかをお決めになったみたいだけどご嫡男もいらっしゃるわ!あのお家大丈夫なのかしら…
「まああああ!なんて素敵なお話かしら。えぇ、わたくしは以前からその…爵位の上の方に対して言いづらいんですけどもクリスティーネ様は少しお気が強いと言いますか。確かにエステル様に対して使用人のように扱っているのをお見かけしましたの。
いえ、使用人に対して不出来な点を注意なさっていたのなら当然のお叱りでしたけど、今お母様が違うだけだと仰ってましたよね?姉妹なのかと思うとちょっと…ねぇ。」
彼らの総意は概ねこんな感じ。"今の話"だけを情報にすればまぁ妥当かと思うんだけどもね。そのお家柄でもってここに至るまで"正しい情報"を入手できない時点でもうお察し、ってやつね。
そして三つめは…
今のこの状況を三文芝居が始まった!とばかりにニヤニヤと眺めている方。ほとんどが高位貴族の方々ね。…あら、彼は確か伯爵家のご嫡男だったわね。彼は眉をひそめて聞いてらしたから事前に知っていた訳ではなさそう。っと!なるほど。婚約者の女性がエステルの取巻きなんだわ。あの眉の顰めよう、これは一波乱ありそうね。なんだか巻き込んだみたいで申し訳ないけど、あの程度のことに惑わされるような婚約者なら必要ないってところかしら。これは我が家以外にも婚約の見直しがたくさん出そうね。お父様にフォローをお願いしなきゃ。
わたくしの友人たちはその点問題なさそうね。ひそひそとそれぞれの婚約者に今日の段取りを話しているみたい。婚約者の方々もノリがいいのよね。こちらを向いて頷いている。貴方たちにはこの後大事な役割を担ってもらうわ!よろしくね!
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ふむ。クリスティーネには悪いことをしたが、これはまた良いふるいとなったな。
あのボンクラ程度なら掃いて捨てるほど婿候補ならおるしな。
自分から捨てると言うのであれば勝手にすれば良い。
それよりもこの反応よ。
聡明なものであればこんなおかしな話に乗るなどしないであろうし、聡明でなくとも耳が良ければすでにこの話のカラクリを知っているであろう。
そのどちらでもなく、クリスティーネに非難を向けることに決めたものは見る目も知る耳も持たぬものと自ら曝してくれたのだからな。
散らばって聞き耳を立てている我が家門のものがリストアップしていることだろう。
今後の付き合いの参考にさせて貰おう。
穏やかな表情を崩さないまま、父は父でほくそ笑んでいるようだった。




