Ep08.「青いハンカチ」
「やっぱり、返しに行こうっ!」
いきなりソファから立ったわたしにビックリしたのか、お母さんは啜った熱いコーヒーでむせた。
「な、なによ急に?」
階段を駆け上がったわたしは、自分の部屋に行き机の上にたたんだおいた“青いハンカチ”を優しく手に取った。
リビングのテレビはお昼のニュースを伝えている。
少し化粧気の強いお姉さんが午後の天気を読み上げている。
「この後の天気ですが……」
「愛美、どこ行くのよ?外に出るなら……」
同時に発せられた二人の話を背中で聞き流すと、わたしは玄関を飛び出した。
朝からずっと迷っていたから、服も髪も準備はカンペキだった。
飛び出したは良いものの、肝心の巧くんに連絡を取ることを忘れていた。
バックからケータイを取り出して、昨日の夜何度も行ききした”さ行”をスクロールする。
初めてが電話なんて、緊張する……
四回、コール音が鳴ると待ち望んだ声が聞こえた。
―はい、もしもし
「たっく、巧くん?」
緊張したのか出だしで噛んだ。
―たっく?……その声、愛美ちゃん?
声だけでわかってくれたっ!
それだけで、なんだかお腹いっぱいになれた。
「そ、そうだよ。あのね、いまひまかな?」
電波が悪いのか、少し返事までに間があった。
―うん、大丈夫。どうかした?
「あのね、いま姉井駅の近くにいるんだけれど……逢えないかな?」
―……。
直球過ぎたのかな?返事が無い。
慌てて弁解するように付け足した。
「ハンカチ、返すの忘れちゃってたから……」
いきなり二人で逢おうなんて言われて、引かれたかな……
早く返事してっ!
―ガチャン!
「えっ?なに、いまの音?」
―な、なんでもないよ。それよりごめん、ちょっと手が離せなくて。もう一度言ってくれないかな?
もう一度!?駄目、恥ずかしい……
「いま、姉井駅にいるんだけれどね」
―駅?もしかして、また定期失くしちゃったの?
”また”とゆうフレーズに少し落ち込む。
「その……ハンカチ返すの忘れちゃってて、だから」
―待ってて、すぐ行くからっ
そう言うと、巧くんは一方的に電話を切った。
嫌われちゃったのかな……
お昼の駅前、くっついて歩くカップルが温かそうで羨ましかった。
「行くって、どこにだろ?」
とりあえず近くにあったベンチに座る。
見上げたねずみ色の空と強く吹く冷たい風がわたしをさらに凍えさせた。