Ep06.「呼び名」
「大丈夫?」
小さな子を優しくあやすように園崎くんは言う。
「うん大っ、丈夫。ありがと」
急に来て笑い、探し物を一緒に探させ、あげく大泣き。
我ながら面倒な子だと思った。
優しい彼の笑顔に甘えすぎだ。
よく考えればただのクラスメイトにここまで付き合ってくれるなんて、園崎くんはなんて良い人なんだろう。
そうおもったら、こんどは園崎くんの優しさに泣けてきた。
青いハンカチは、止まらない涙を吸って重くなっていた。
やっとまともに話ができるようになった頃、園崎くんがポケットからケータイを取り出すとわたしに差し出した。
ほんの少し古い機種だったけれど、とても綺麗で”携帯されているもの”と思えなかった。
優しく微笑む園崎くん、今頃になって気付いた。
園崎くんは笑うと目尻にかわいい皺ができる。
「これで電話して。きっと心配してるよ」
わたしは声にならない返事をするとプルプル震える指先でボタンを押した。
二度、コール音が鳴るとあの落ち着きはらった涼とは思えない高い声が聞こえた。
―もしも?だれです?あのいま忙しいんで……
そう言って切られそうになったから、わたしは慌てて何か喋ろうと潰れた喉でとりあえず発声した。
けど、それがかえってまずかったのか涼の口調はさらに厳しくなった。
―だれ?いま大変なんだ!ふざけてるなら切るよっ!
大変?
まさか、なにかあったんだろうか……
真っ白になりそうな頭をフル回転させ言葉を考える。
「涼、わたし、愛美だよ」
―愛美?この番号って……あんた今どこいんの?
「学校、定期、結局、無かった、よ」
―な、どうしたのその声?
「ううん、なんでもな、いよ。大丈夫だから」
―ともかく大丈夫なの?
「うん、大丈夫だ、よ。今からそっち行く、ねっ」
まだおさまらない嗚咽で上手く話せないせいか、涼の心配はまだ冷めないようだった。
「本当にありがとう園崎くん。ごめんねこんなに遅くまで……」
教室の時計は、もう8時を指していた。
「僕は大丈夫だよ。それより……川下、さん。一人で駅まで行くの大丈夫?」
園崎くんは恥ずかしいのかわたしを”川下さん”と呼んだ。
なんだか、今まであったこと全てが無かったことになってしまうような気がして、急にさびしくなった。
「園崎くん、愛美でいいよ?」
一瞬、困ったような顔をし目を反らした彼は恥ずかしそうに向き直ると”愛美ちゃん”と言って顔を赤くした。
「わたしも園崎くんのこと”巧”くんって呼んでいいかな?」
何も言わなかったけれど、彼はにっこり笑った。
あっ
そうえば・・・
突然思いついたように席に向かったわたしに彼は首をかしげた。
きっと、”まだなにかあるんだろうか”って思ってるに違いない。
机の奥からまだ読みかけの”ギターと鉛筆”を取り出すと彼のまえに掲げた。
「この本面白いんだよ。高校生の二人が織りなす激しい愛情劇を緩く描いてるんだよ」
そう言って彼に渡そうとした時、かじかんだわたしの手から本が落ちた。
「あぁ、またどこまで呼んだかわかんなくなっちゃう……」
そういって拾い上げた本の隙間から何かがペタッと落ちた。
「んっ?」
巧くんがしゃがんでそれを拾う。
「あぁぁぁ!!」
あまりの大声にわたしはまた心臓が飛び出そうになった。
「なっなに?」
巧くんは、無言のまま掴んだそれをわたしに見せる。
「定期?」
「う、うん」
そうか、あの時……
しおりが無かったわたしはバックの手の届くポケットにあった定期をページに挟んだんだ。
なにも言えなかった。
こんなに寒い思いして、巧くんなんか埃まみれになってまで探したものがまさか、こんな本の隙間にあったなんて。
先に笑いだしたのは、巧くんだった。