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Ep04.「笑うとこ」


 

秋も終りが近づき、赤く燃えるような紅葉が風に舞う。


近くの山で焚かれた白い煙が乾いた空気と混ざりあい、鼻をつく臭いを冷たい夜風が運ぶ。


放課後の教室で、相変わらず僕は鉛筆片手に楽譜を記す。


先の丸くなった鉛筆と散らばった楽譜でもう長い事ここにいるのがわかった。


連なった窓から覗く景色は、墨で塗りつぶしたように鮮明さは無く、反射する僕の少し伸びた顔を映しだした。


経験した事のない失恋を綴った詩が自分でも笑える。


頭上一列だけ点けた蛍光灯に書きあげた楽譜を透かしてみた。


空想だらけの恋物語が見えるような気がしたんだ。


「なぁにしてるの?」


瞬間的に条件反射した僕は、半分だけ尻を乗せていた椅子から勢いよく落ちた。


少し間が空いてクスクスと笑い声が聞こえる。


「えっ?」


頬に流れた綺麗な髪を耳にかけ、うずくまった僕に目線を合わせる。


大きな瞳に柔らかな小円を描いた輪郭。


化粧気の無い、まだ幼さすら残る顔が僕の鼻数センチ先にある。


「圏崎くん、こんな時間まで何してたの?」


光のようにキラキラの瞳が弾けた。


「あ、いや。別に何も……」


恥ずかしさに耐えきれなくなって視線を反らす。


散らばった楽譜と詩を書いたノートが目に入った。


……マズイ


僕の視線に気づいたように彼女はそれに手を伸ばした。


ひらひらと舞うノートに手を伸ばした時にはもう遅かった。


「へぇ、圏崎くんて詩人なんだねぇ」


……詩人?やめてくれ、恥ずかしい。


突然の事に頭が上手く機能しないのか、僕はゆっくりノートを彼女から奪った。


「ちょ、見ちゃダメだって……」


口調と声トーンが上手く噛み合ってない。


完全に上ずった声でとりあえず発声する。


「ごめんね。そんなつもりじゃなかったの」


そんな声がマズかったのか、すまなそうにしょげた彼女に訳のわからない罪悪感を抱く。


……何か言わねば


「ごめん、言い過ぎたよ。たかがノートだ、うん。存分に見て」


……なにを言ってるんだ僕は?


賞状のように差し出したノートに彼女はそっと手を伸ばした。


「へぇ……夕焼けの約束覚えていますか?君が……」


「いや、読んじゃダメだって」


子供のように無邪気に笑うと川下さんはノートを僕へ寄こした。


ふわりと柔らかい香りが鼻先を撫でる。


それにやられてノートも柔らかくなってしまうんじゃないかと本気で心配した。



「そうえば、なんでここに?」


どうも恥ずかしくて名前を呼べない。


わたし?


と指を自分に向ける彼女に返事した。


「定期落としちゃってね、探してるの」


……定期?


まさかこの楽譜の山に埋もれてしまったのだろうか?


僕は慌てて楽譜の山を掻き分け始めた。


「どっ、どうしたの?」


びっくりしたのか川下さんはさらに瞳を大きくした。


無いや、と顔をあげたすぐ先に彼女の綺麗な瞳があった。


潤った世界に僕が映っているのが見えた。


ぱちぱちと瞬きの動きで我に返る。


「なにか、わたしの顔に着いてる?」


子供が母親に問うように可愛らしい言い方。


ぽかんと開いた口元がなんとも無防備に感じて、今この教室に二人だけだとゆうことに今更気付いた。


慌てて距離を開いた僕にまた驚いたのか、綺麗な瞳が揺れて優しい笑みがこぼれる。


「大丈夫、園崎くんを食べたりしないよ?」


……えっ?


……じょ、冗談なのか?


だとしたら、ここは笑うべきなのか?


口をパクパクさせる僕を横目に、彼女は散らばった楽譜をトントン揃えると僕に差し出した。


冷えたせいのか赤くなった唇から並びの良い歯を覗かせ笑う。


僕が受け取ると彼女はスタスタと自分の席へ向かい、がさごそと定期を探し始めた。


時々唸る仕草から、どうやら見つからないらしい。


引いた椅子を戻すと僕の方に向き返って、首をかしげた。


「ないの?」


「ないの」




「僕も探すの手伝うよ」



本当に?ありがとうっ!


と返ってくると思っていた僕は、次の彼女の言葉に拍子抜けした。


「痛っ、ささくれ剥いちゃった……」


……え?


ここは、笑うべきなのか?




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