Ep24.「フクロウ」
「巧くん、この本はこの棚で良いの?」
分厚い歴史書を図書室の奥、埃だらけの本棚に半分だけ入れたまま振り向く愛ちゃん。
昨日届いた大量の新しい本を一番目立つ棚に整理していた僕は、すまない気持ちで一杯だった。
「うん、そこだよ。ごめんね、そんな所やってもらっちゃって」
「ううん、大丈夫。やっと手の怪我が治ったのにこんな重い物持ったら折れちゃうよ?」
彼女の一言に思わずぷっ、と噴き出した僕は、サポーターのやっと取れた左手をブラブラさせて笑う。
「いや、もう全然大丈夫だって!それに、そんなに弱くないよ」
口調はいつもより少し強め。でも、怒ってるわけじゃない。
それがちゃんと伝わったのか彼女は、口元に笑みをつくりながらこちらを見た。
こうやって二人で昼休みを図書室や準備室で過ごすようになって、少しずつだけれど僕は以前のようなぎこちない態度を取らないようになってきた。
季節はもう真冬、そして二学期の残りもあと少し。
窓の外を冷たい北風が吹き、葉のない木々が弱々しく揺れる。
こうやって明日も明後日も、ずっと過ごせたなら僕は幸せ者だな。
いつも、学校の何処かに探していた憧れの彼女が目の前にいて、こんな僕にあの優しい笑顔を向けてくれる。
でも、今でも思う。これは、長い夢なんじゃないか?って。
僕の頭が作り出した深い幻想の世界で、寝ても覚めても終わらない夢。
そう思ってしまう僕は、相変わらず存在していた。
「ねえ、君ちょっといい?」
独りごとにも似た言い方だった。
誰に対して放ったのか、一瞬考えさせられてしまうような、打ち捨てた問い。
本来、誰かに向けられる言葉だけあってそれだけ僕は、その声の主に対しての反応に乏しかったらしい。
その声は、一層強く張りあげられた。
「ねえ!ちょっといいっ?」
「はいっ!?」
間の抜けた僕の声と後ろから思い切り掴まれたように振り向く愛ちゃん。
僕らが視線を向けた先、出入り口に立ついかにも今時と言った感じのイケイケなお姉さんが嫌気を全面に出した顔で立っていた。
今時と言っても、愛ちゃんや三上さんのような感じとは違って、綺麗に染められクルクル巻かれた茶色い髪に顔のパーツを強調させた化粧。
そして、もはや校則を清々しい程に無視したスカート丈。
胸元の開かれたシャツからキラキラと派手なネックレスが揺れる。その下には……
「あの先輩、なにかご用ですか?」
なぜか 先輩 と見抜いた愛ちゃんに慌てて視線を向けた僕は、あぁと頷いた。
首をコクリと揺らしたお姉さん、いや先輩は口を尖らせた。
「いや、あんたじゃなくて。あたしが用あんのはこっち」
原色に近い色で彩られた爪先をこっちへ向ける。
愛ちゃんからみたら、きっとその先に間抜けな顔を浮かべた僕がいるに違いない。
「僕、ですか?」
先輩は、小さな顎をコクコクと縦に振る。
「なんですか?」
はたして、僕はこの人になにかしただろうか?
この図書委員会にこんな先輩はいなかったし、部活に属していない自分に思い当たる節なんてない。
もしかして、学校の外で無意識に会っていたんだろうか?そうだとしても、すれ違った程度だろう……
ごちゃごちゃと頭の中を整理していた僕に、先輩は構う事なく続ける。
「今日の放課後、屋上に来きて。もし、来なかったら……わかるよね?」
上目遣いに僕を見上げた先輩は僕の返事を待つことなく、そそくさと廊下に消えて行った。
「巧くん、今の人だれ?」
「だれ、と聞かれても……」
心あたりのない、突然現れたイケイケな先輩。
そして、問答無用で取りつけられた約束。
「どうなってんだろ……」
僕らは、フクロウのように首を傾げ合った。