Ep22.「しろ」
「巧くん!」
発車時刻表を一人頷きながら眺めていた僕は、突然名前を呼ばれて振り返った。
ホームの奥、電灯に照らされて肩で息をする女の子が見える。
今行った電車を見つめて、残念そうに顔を伏せた。
愛美ちゃん?
その後ろ姿は、やっぱり愛美ちゃんにしか見えない。
もしかして、また一番線と二番線を間違えてる?
でも、どうしたんだろう?
ぐったりと顔を上げる気配がない。僕は、そっと近寄った。
「愛美ちゃん、どうしたの?」
「えっ!?」
普段見せない、恐ろしく早いモーションで顔を上げるとその瞳を限界まで大きくした。
「巧くん?え、なんでいるの?」
な、なんでって……
「いや、まだ電車来ないし」
しばらく真顔で瞬きをしていた彼女は、大きく頷くとパチン!と手を叩いた。
「まちがえた!」
あぁ、やっぱり……
「えっとね、巧くんのことを見送ろうと思って」
え、見送る?
僕は、自分の耳が寒さでおかしくなったんじゃないかと引っ張った。
チクチクと鋭い痛みを感じる。
「どうしたの?耳冷えた?」
首を傾げると同時に揺れる髪、口元からこぼれる白い息。
たしかに今、僕の目の前に彼女は存在していて、たしかに彼女はこう言った。
巧くんを見送ろうと思って、と。
完璧に真っ白になった、勉強不足で挑んだテストの絶望的な一問目よりも、弁当を忘れた事に気づく四限目よりもずっとずっと。
「顔、すっごく赤いよ?」
「……あ、いや大丈夫。うん、だいじょうぶ」
もう、寒さなんて感じない。
ふと見た愛美ちゃんだって顔が赤い。
「あ、そこ座る?」
ホームには、僕ら以外誰もいない。
電車が来るまで、まだ時間はある。
「そうだね、座ろっか」
並んで俯く二人、きっと傍からみたらケンカしたカップルみたいに見えたりして……
「少し、寒いね」
そう言って愛美ちゃんは、腕を組む。
細い肩の曲線が小刻みに震えている。
「なにか買ってくるね」
続いて立ち上がろうとする彼女を止め、僕は駅内の自販機に向かった。
あったか~い、の文字がグルグルめぐる。
気づけば僕は、冷たいコーラのボタンを押していた。
「あ、やっべ」
そう焦って取り出し口に手を入れる。でも、なんでだろ。なにもない。
おかしいな、と立ちあがった時、まだお金を入れてなかったことに気がついた。