Ep02.「事件」
「愛美、一緒帰ろっ」
軽そうなバックをぶら下げ、涼が言った。
帰りのホームルームで配られた大量のプリントをのろのろと整理していたわたしを涼は、のろまと笑う。
昇降口の白い壁に寄り掛かってわたしを待つ涼は、なかなか様になる。
まるでスクール映画のワンシーンをそのまま切り抜いたような光景。
永遠を思わせる夕焼けの中、いつかは薄れてゆく初々しさと幼さを惜しむような気分になった。
「なぁに辛気臭い顔してんのさ?」
……えっ、顔に出てた?
苦笑いを浮かべ、歩きだす。
「愛美が何考えてるか、あててみようか?」
「えぇ……」
涼の言うことはやたらと当たるから恐ろしい。
小学校からずっと同じとゆう理由では、きっと片づけられない”なにか”があるのだ。
そうお母さんのような……とは少し違うか。
「高2になってもまったく彼氏ができない。あぁわたしってそんなにモテないのかしら……とでも思ってんじゃないの?」
うっ、これだから……
「はい……そうです。自分、焦ってます……」
勝ち誇ったような笑みを浮かべる涼はわたしの肩に手を乗せた。
なかなかの身長さに恨めしさが募る。
「でも急にどうしたんだ?前は、彼氏なんてわたしには必要ない!!って言いきってたんじゃん?」
いつのことだかわからなくて、少し考える。
結局わからなくてとりあえず笑顔を返した。
―覚えてないわけ?
とでも言いたそうに涼は吹いた。
「だってさ、こんな季節に……恋人のいないクリスマスなんてありえないよっ」
「あんたには去年も、その前もずっと恋人なんていなかったけど?」
……うぅっ、それを言われては何も言えない。
分が悪い話を変えよう。
「そうゆう涼だって、中3の夏からいないじゃん!」
涼の口元が三角形に引きつるのがわかった。
こりゃ攻め時だ。
「それに涼には、ぞっこんのかずくんいるしぃー」
かずくん。
わたし達が中学二年だった頃、 突然、わたし達の部活に入部してきた一年生がいた。
それが、かずくん。
彼は全校集会でたまたま見かけた涼に惚れたのをきっかけに高校生になった今でもわたし達の後輩なのだ。
「あいつは関係ない」
風に吹かれるクールビューティーな横顔を振りまくと、涼はわたしにでこピンを見舞った。
けっこうな衝撃と痛みにしわを寄せる。
「鉄拳制裁。余計なこというなっ」
すたすた進んでゆく涼を前に、案外彼女も子供だなと微笑んだ。
事件が起きた。
いつもバックの一番手前のポケットに入れた定期が無い。
「愛美、もう一回バックの中見てみなよ」
慌てるわたしを傍に、やっぱり冷静に落ち着きはらった涼は普段と同じ口調で言った。
「もう三回は見たよ。制服のポケットにも無いの……」
頬が照って熱い。
頭の中で必死に記憶の引出しを引き抜いて、今日一日の中から定期を探す。
「愛美、朝はあったの?」
「うん、だって朝も電車で来たし……」
細い指を頬に突き立てて、涼は唸った。
「なら、学校かもよ?教室とかロッカーとか」
「ロッカー……あ、そうえば体育の後お弁当出すのにバック開けた!」
涼は優しく笑うと両手を差し出した。
行って来い、とゆうことか。
肩にぶら下げたバックを涼に投げ渡すと振り向いた後に声を張りたてた。
「すぐ行ってくるから、待っててよね!」
涼が返事をしたのかわからなかったけれど、わたしは11月の冷たい風を切って走り出した。