Ep16.「貸し出し期限」
ガタンッといきなりドアが開かれると女の子が駆け込んできた。
肩で息をし、髪を振り乱して……
僕の存在に気付かないのか、何か呟いている。
声を掛けようか迷ったが、もう少し様子を見る事にした。
その子の仕草や雰囲気が凄く僕を惹きつけたからだ。
「……んで、図書室にいるって言ったじゃん……のばかぁ」
どうやら何か問題が起きているようだ。
握っていた鉛筆を静かに机に置くと、もっとよく声を聞こうと耳を澄ました。
「巧くん、やっぱり……なのかなぁ」
巧くん?もしかして……
「ま、愛美ちゃん?」
僕がそう言った途端、
ひゃっ!?
と悲鳴にも似た声を上げるとゆっくり振り返った。
まるで人形のように口をパクパクさせると、口の動きに少し遅れて声が出た。
「た、巧くん?えっ……なっなんでここにっ?」
まるで恐ろしい物を見たかのような口調だ。
「僕は図書委員で、昼休みはこの管理室で本の整理とかしてるんだよ」
あぁと少し高めの声で返事をすると、彼女はゆっくりと半開きだったドアを閉じた。
それから、そっちに行っても良い?と聞く。
もちろん、と僕が返事をすると嬉しそうに僕の隣に椅子を引っ張り座った。
元々狭い管理室だ、二人も座れば狭くなる。
ほとんど寄り添うような形で、高鳴る心臓の音が彼女に聞こえるんじゃないかと心配になった。
「そっちの部屋で、その……」
頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに話す。
さて、なにかあったんんだろうか?
「たぶん、先輩が……」
「もしかして、それって……アレとか?」
たぶん、いつもの人達だ。
なんだか、よくわからない表現をした気がするけれど愛美ちゃんが頷いたからまぁいいか……
「うん、刺激的なっ」
頬を赤く染め、恥ずかしそうに笑う。
その仕草や表情なにもかもに僕の心は揺さぶられていく。
「そうえば、愛美ちゃんどうしてここに?」
急に我に返ったように瞳を大きく開くとゆっくり口を開いた。
「ハンカチ、結局昨日返し忘れちゃったから」
そう言って綺麗に折りたたまれたハンカチを取り出すと僕に差し出した。
「あぁ、でも別にいつでも大丈夫だったのに」
極力、笑いながら言った。
「ううん、すぐ返したかったの」
ほんの少しだけ悲しそうな顔を見せると、愛美ちゃんは首をかしげた。
「そう?ありがとうねっ」
そう言って受け取ろうとした時だった、僕の伸びすぎた指が愛美ちゃんの潤いある柔らかな手に触れた。
あっ、と二人同時に言ったもんだからなんだか可笑しくて、しばらく笑いあっていた。
しばらくして余韻が冷めると、愛美ちゃんが言った。
「巧くん、ご飯は?」
自分のバックを持ち上げると僕を真っ直ぐ見る。
「うん、まだだけど……愛美ちゃんは?」
嬉しそうに微笑むと、弾んだ声で言う。
「わたしもっ。ねぇ、一緒に食べよう?」
潤んだ瞳を揺らすと綺麗に揃った白い歯を覗かせた。
「うん。じゃあ、ちょっと待ってね」
机に散らばったプリントや書類を整理すると、クリップでまとめた。
少し埃っぽいから側にあったティシュで軽く拭く。
「どうぞっ」
「ありがとっ」
向かい合うように座り直すと愛美ちゃんはバックに手を突っ込んだ。
ゴソゴソと何度か探しまわると、あっと飛び上がった。
「お弁当、教室に忘れちゃったかも……」
やっぱり、ほおっておけないよなぁ……
僕は弁当を取り出すと愛美ちゃんの前に置いた。
「これ、よかったら食べて」
えっ?
と驚いたようにまた飛び上がると慌てたように付け足した。
「いいよ、わるいよっ。教室まで取りに行くから大丈夫だよっ」
そう言った矢先、グゥ~と愛美ちゃんのお腹が鳴ってしまった。
思わず噴き出した僕に怒るかと思ったら、恥ずかしそうに顔を背けた。
「食べて、僕は、そんなにお腹減ってないからさ」
微笑むと、じゃあと言って座り直した。
「いただきますっ」
照れくさそうに笑う愛美ちゃんについつい見とれてしまう。
あんまりにもじっと見つめ過ぎると
本当は食べたいんじゃないか?
と思われそうだから、もう既に目を通したプリントにもう一度目を通す事にした。
1、貸出の期限は、
「んっ、美味しい!」
一週間……
「そっか、良かったぁ」
僕が作ったんだよ!
とは、とても恥ずかしくて言えなかった。