Ep12.「白衣の恩人」
薄明かりの中、僕は目を覚ました。
白いシーツの敷かれた、少し硬めのベッド。
何かで固定されて自由の利かない左腕。
恐る恐る右手で触れてみる……
と同時に、スクーターとぶつかったことを思い出した。
無くなっていたらどうしようと心配したけれど、なんとか腕はある。
包帯でガチガチに巻かれているせいか、感覚が無い。
「ここは、病院……」
鼻を突く湿布特有のにおいがする・・・
試着室みたいに囲まれたカーテンを引いた。
薄暗く広いとは言えない室内とそこに置かれた機械。
何十年前は眩しい輝きを放っていたんだろう白い壁は、所々シミができて少し汚い。
フローリングは、白く変色してる。
「あの、誰かいますか?」
薄そうに見える壁の向こうでドアの開く音がした。
ズルズルとスリッパを引きずる音が近づいてくる……
「なんだ、起きたのか?」
白ゴマが混じったような髭を生やした長身の中年男性がヌクっと顔を出した。
一応、白衣のような服を着ているから医者なんだろう。
「あの……ここは?」
僕の問い掛けに面倒くさそうに欠伸をすると、くたびれた背もたれの付いた回転式の椅子に腰かけた。
「あぁ……」とゆう声と「ギィ……」と椅子の軋む音が絶妙に重なる。
たぶん、何年も使い続けてるんだろう。
長い脚を組んだ姿が貫録を感じさせる。
と椅子の軋む音が絶妙に重なる。
たぶん、何年も使い続けてるんだろう。
長い脚を組んだ姿が貫録を感じさせる。
「ここは、俺の病院だ。今はお前専用だけどな」
なにが可笑しいのか、ふっふっふと笑うと長い脚を組みかえた。
「あの、僕は確か……スクーターにぶつかって……」
正解、とでも言いたそうに人差し指を伸ばすと機械と並んだ棚を指した。
たたまれた見覚えのあるマフラーにコート、チカチカと点滅する携帯電話が目に入った。
「僕のですよね。あれ」
男性は、そうだと首を縦に振った。
寝心地の良いとは言えないベッドをゆっくり下り、棚へ向かう。
シーツをめくってから自分の服装が家を出た時と違うことに気付いた。
力無くうずくまった僕に、あきれたようなため息を吐くと彼は立ちあがった。
ズルズルと引きずる音が近づいてくる、その時だった……
「ダメだよっ、寝てなきゃ!」
聞き覚えのある声。
鼻先を撫でる柔らかな香りに雨のにおいが混じってる。
まさか、と顔を上げた僕は、メリッと音が出るくらい目を見開いた。
「ま、愛美ちゃん!?」
綺麗に結ばれていた髪が乱れ、赤く潤った瞳を揺らした愛美ちゃんがいた。
「骨は折れていないって……まだ、痛む?」
「あたりまえだ。麻酔を打ったわけじゃないからな」
返事をしようとしたら、代わりに答えられた。
「あ、あの貴方は?」
男性を見る。
いつの間にか口に咥えたたばこを指で挟むと風の抜けるような口調で言った。
「いひゃ」
医者?
それは見てわかります
お名前は?と、口を開きかけた時だった。
「もう、パパ!患者さんの前でたばこ吸わないのっ!」
―ぱっ、パパっ!?
ボサボサの茶髪交じりの髪、くたびれた白衣姿のこの人が愛美ちゃんのお父さんなのか!?
見れば見る程、信じられない……
背を押され、はいはいと娘に診察室を追い出されたお父さんはなんだか斬新だった。
「愛美ちゃんのお父さんって、お医者さんだったんだね……」
痛む体を彼女に支えられながら先ほどのベッドに転がす。
「うん、一応ね。接骨医なの、最低なヤブ医者だけどねっ」
「いやいや、それは怒られるって」
笑おうとしたら胸が痛んだ。
間髪入れずに愛美ちゃんは、背中を優しくさすってくれる。
ありがとう、と力なく微笑んだ。
「でも、なんでわかったの?僕が事故にあったって」
傍にあった簡易的な木製の椅子を引っ張りパンパンと叩くとちょこんと座った。
「わたし、駅前のコンビニで待ってたんだけどね……」
彼女は一通り話終えると、疲れきった顔をコクリと落とした。
「それじゃ、僕は愛美ちゃんのお父さんに助けてもらったんだね」
「お父さん、なんて呼ばれる筋合いは無いぞ。坊主、診察料は一億円だ」
いつの間にか、あの診察椅子に座った……
「お父さん」
は、長い脚を持て余すように組むと火の付いてないたばこを口に咥えた。
「なに言ってんのよパパ。そう言うなら、診察料はわたしが払う!」
「えー、ならタダでいいよぉ~」
なんてゆうか、愛美ちゃんのお父さんって面白い人だな。
外見は、ちょっとアレだけど……
娘を思う良いお父さんだ。