Ep01.「ギターとえんぴつ」
あの時、彼は言った。
「好きなんだ。付き合ってくれない?」
でも、今目の前の彼はこう言う。
「他に好きな奴ができた。別れてくれないか?」
結局はそうなんだ。
あたしは、彼の気まぐれに遊ばれたんだ。
きっと今もどこかで……
「おはよ、愛美」
背中に届いたクールな口調、女の子の肩をこんなに強く叩くのは彼女しかいない。
「おはよぅ、涼」
彼女は、三上涼子。
朝からでも涼は、相変わらずクール、なんにだってまず動じない。
その時の空気とノリで生きているわたしとは正反対で、なにかと頼れるし、頼りになる。
わたしは、開いていた文庫本を机に置くと後ろに座った涼に向き直った。
朝のホームルーム前の教室はわたし達を含めて数人しかいない。
ほとんど男子がいないせいか、なんだか解放感がある。
今だったら、わたしが抱える秘密を全て叫ぶことができそうな気がした。
「愛美、何読んでんの?」
置いた本を涼が指す。
――あ、本が閉じちゃってる……
「えっとね、”ギターと鉛筆”ってゆうの。高校生二人が織りなす激しい恋愛劇を緩く描いてるんだって」
本屋さんで読んだ宣伝広告をそのまま言った。
涼は、女の子にしては短い髪をさらりと左手で掻きあげると首をかしげた。
「はぁ?そんなの面白いの?」
見失った読みかけのページを探しながら答える。
「それが面白いんだって。クライマックスなんて凄いんだよ」
得意げに言ったわたしを見つめ、かしげていた首をコクリと落とした涼は綺麗な瞳を細くした。
「どうせ振られた女が腹いせに男のギターを鉛筆で弾いちゃうんでしょ?」
……え?
「そうなのぉ!?」
涼は目を限界まで広げてから笑った。
午前の授業が終わり、待ち望んだお昼休み。
高校生って何をしてもお腹が減る。
ううん、何もしなくても減るのかも……
涼とクラスの女の子達と机を合わせてお弁当を広げる。
その他の子達は、他のクラスや彼氏の待つ特別教室へ消えていった。
「あぁーあたしも彼氏欲しいなぁー」
お箸でつまんだ赤いウインナーを口へ入れると由美ちゃんが言った。
愛らしい横顔にくるくる巻かれた栗色の髪。
校則ぎりぎりのスカートに細い手足。
あとほんの少し身長が高かったら、きっとモデルになれたはずの美少女は、横目でおばか騒ぎする男子達を見てため息をついた。
「またまた、ゆったんそんな事言って。張り飛ばすぞぉ」
そう言ってコッペパンの袋を開けた綾は白い歯を覗かせて笑った。
「綾、今日もコッペパンなの?」
由美ちゃんは卵焼きにお箸をつけながら大きな目をさらに大きくする。
「あったりまえでしょ!朝昼晩、全部ラーメンだと太るわっ」
そう、綾の家はラーメン屋さんでわたしも涼と何回か行ったことがある。
看板メニューは”とんこつ味噌ラーメン”でかなりおいしかった。
帰り道、あれを毎日食べたいと言ったわたしは、今の由美ちゃんと同じような顔を涼にされた。
「でもさ、綾のコッペ好きはやばいよ。中身が違うっても外は同じパンだぞ?家でも麺ばっかなんだろ?日本人なら米を食え、米を」
男前の女の子、涼は毎日幕の内弁当だ。
白いご飯をとてもおいしそうに食べる。
「さすが涼さま。素敵ですっ」
由美ちゃんの一言にみんな頷いた。
と、一人あくびをしながら頬杖をついていたわたしに気付いたのか、綾が牛乳でコッぺパンを飲みこむと言った。
「あれ、そうえば愛美、弁当は?」
涼の顔がにやけている。
「さっきの休み時間、体育の後に食べちゃった・・・」
騒ぐ男子より、みんな笑った。