第9話「止まらぬ勝負」
ダンジョン第五層、石造りの広間。
銀色の鎧をまとった人型が、盾と長剣を構えて立ちはだかる。
鎧騎士――異世界に現れた人型要塞。その一歩が床を揺らすたび、金属音が鈍く響いた。
「真、行くぞ」榊原の声が低い。
「いつでも」
「水無瀬、動きの読みは任せた」
「了解」
鎧騎士が床を踏みしめ、盾の陰から突きが閃く。榊原が横に飛び、銃撃で盾を釘付けにする。
俺はその隙に踏み込んだ。
「――胴っ!」
右足で床を打ち、胴線を正確に振り抜く。
硬い甲冑越しにも、確かな手応え。残心、退き足。
スキルの発動を感じた瞬間――倒れるはずの鎧騎士が、ぐらりと揺れただけで踏みとどまった。
「……なんでだ?」
「スキル反応は確認。でも、沈みません」水無瀬の声は淡々としている。
「そんな……」
動揺する間もなく、鎧騎士が盾を押し付けてきた。
視界いっぱいの鉄の壁。長剣が横薙ぎに迫る。
榊原が盾を押し返し、俺は転がるように回避する。
「真! 一本取ったなら、もう一本だ!」
「一本……?」
剣道では一本で勝負が決まる場合もあるが、大会では二本先取が原則だ。
まさか――そんな理屈が、この化け物にも通用するのか?
榊原が盾の上から射撃を浴びせる。鎧騎士が視線を上げた瞬間、右小手が開く。
俺は半歩踏み込み、竹刀を小手へ振り下ろした。
澄んだ金属音と共に、鎧騎士が一瞬ひるむ。
しかし、まだ立っている。
「……浅いか」
「気を抜くな! 面を狙えるぞ!」榊原が叫ぶ。
鎧騎士が大きく振りかぶる。
上段――来る!
俺は相手の剣先の死角へ潜り込み、腰を切る。
「――面っ!」
面金の中央に、竹刀の刃筋を通す。
打突の瞬間、全身が震えた。残心。
鎧騎士が膝をつき、盾を落とし、ついに前のめりに崩れた。
息を切らしながら竹刀を下ろす。
「……二本目で、やっと倒れた」
水無瀬が投影を閉じ、短く告げた。
「記録完了。詳細は後で分析します」
榊原が肩を叩く。
「ほらな、諦めなけりゃ勝てる。一本で終わらないなら、二本取ればいいだけだ」
俺は頷く。まだ理由は分からない。
だが――この世界の勝負も、取れるまで打ち込めばいい。