第8話「試合じゃない」
警視庁の訓練棟は、コンクリートの壁に覆われ、天井から吊るされたライトが眩しいほどに光っていた。
中央には訓練用のマットが敷かれ、模擬戦用の防具や武器がずらりと並んでいる。
「ふっ……やっぱり、俺の剣道は通用する」
木刀を振り下ろしながら、思わず口元が緩んだ。
ベアゴーレムの小手を抜いた一撃の感覚が、まだ体に残っている。
榊原が苦笑交じりに肩をすくめる。
「おいおい、調子に乗るなよ。あれは相手がデカくて、たまたま動きが分かりやすかったからだ」
「事実は事実だろ? 剣道が効くって分かったんだ。なら鎧騎士だって――」
「鎧騎士は人型だ」
榊原の声が鋭くなった。
「相面になったらどうする? お前が有効打突取っても、同時にあいつの剣が頭に入れば、勝ってもお前は死ぬぞ」
口を閉ざす俺に、背後から水無瀬の声が重なる。
「剣道は武道、これは戦場です。一本取れば終わりじゃない。仲間がいて、敵も複数いる。勝つためじゃなく、生き残るための戦いです」
彼女は携帯端末を操作し、ホログラムを展開した。
そこには鎧騎士の立体映像が浮かぶ。盾で前面を守り、隙間から鋭い剣を突き出す様子が再現されていた。
「鎧騎士は防御力だけじゃありません。突きと薙ぎ払いの速度は人間の反応を超えます。単独での間合い勝負は危険です」
「だから――」
榊原が笑みを浮かべた。
「チームで戦う。俺が奴の盾を引きつけ、水無瀬が動きを読み、お前が有効打突を叩き込む」
***
そこからは即席の連携訓練が始まった。
榊原が木製の盾を構え、模擬剣を持って前進してくる。
俺はその動きを見極めながら間合いを取るが、盾の裏から繰り出される突きは予想以上に速い。
「ほら真、躱すだけじゃダメだ! 俺が攻撃を引いたら一歩で踏み込め!」
「分かってる!」
返事をしつつも、体は防御に回りがちになる。
盾を叩いても意味はない。剣道なら反則覚悟で崩せるが、ここでは通用しない。
水無瀬が後方から指示を飛ばす。
「次、右へ回り込んで! 榊原さん、左腕を下げて!」
榊原が指示通りに動き、わずかに“胴”のラインが開いた。
俺は即座に踏み込み、胴打ちを放つ。
バシィッ! 防具越しに衝撃が走る。
「……これだ」
息を吐き、竹刀を構え直す。
一人じゃ作れない瞬間も、仲間となら作れる。
***
訓練が終わる頃、全員が汗まみれになっていた。
榊原がタオルで顔を拭きながら、にやりと笑う。
「な、試合じゃねぇんだ。勝つためじゃなく、全員で生きて帰るための戦いだ」
「……ああ、分かったよ」
竹刀を見下ろし、柄を握る手に力を込める。
鎧騎士戦は二日後。
この連携で、必ず仕留める。