第7話「戦術分析」
ダンジョンから戻った俺は、地上の冷たい風を肺いっぱいに吸い込んだ。
湿った空気と土埃の匂いから解放され、全身の緊張が解ける。
竹刀を下ろすと、手のひらが汗でじっとり濡れていた。
「お前、あんな巨体の小手を抜いたとか……正気かよ」
榊原が笑いながら言う。
「面も胴も防がれた。……あそこしか狙えなかった」
「普通は怖くてあんな間合いに踏み込まねぇよ」
冗談めかして笑っているが、あの瞬間を逃せば俺は粉々にされていただろう。
***
任務報告を終えた俺たちは、そのまま作戦室に呼び出された。
中に入ると、一人の女性が待っていた。
黒髪ショート、細身のスーツ。冷静な視線がこちらを射抜く。
「剣崎真巡査部長、榊原一弥警部補。お疲れ様です」
「……あなたは?」
「水無瀬蘭。警視庁捜査一課から派遣されました。これからお二人の戦術支援を担当します」
彼女は卓上の装置に手をかざし、空中に立体映像を投影した。
そこにはベアゴーレムとの戦闘が克明に再現されている。
「これが私のスキル、“戦場投影”です。戦場を記録・解析できます」
水無瀬は映像を止め、俺の面打ちの場面を指差した。
「ここ、兜を前傾させて防御しているため、有効打突にはなりません」
次に胴打ちの場面。
「ここも同様。防御姿勢を崩さなければ効果は発動しません」
そして最後に、小手打ちの瞬間を拡大。
「ここだけは違います。相手が振りかぶり、防御が崩れた瞬間に、正しい姿勢で有効部位を打突しています。剣道そのものです」
俺は頷いた。
「つまり、防具の上からでも、有効打突が成立すれば通る」
「その通りです。そして、この特性は次の任務で最大の武器になります」
水無瀬は新しい映像を映し出した。
そこに映るのは、全身を分厚い金属鎧で覆った人型モンスター。
剣も銃弾も弾き返し、盾と長剣で戦場を支配する。
「目標は“鎧騎士”──Bランクモンスターです。通常の武器では鎧に阻まれ、致命傷を与えられません」
榊原が顔をしかめる。
「厄介だな……正面からじゃ無理だろ」
「はい、普通は不可能です。しかし──剣崎さん、あなたなら防具越しにでも一撃で倒せます」
水無瀬の目が真っ直ぐ俺を射抜く。
「だから、あなたの出番です」
その言葉に、胸の奥で何かが熱く燃え上がった。
このスキル、この竹刀、この道場で叩き込んだ技術。
全てが、この瞬間のためにある。
「……分かった。必ず仕留める」
俺は竹刀の柄を握り直した。