第6話「狙え、小手」
湿った石造りの回廊を進むにつれ、足元の石床から鈍い振動が伝わってきた。
遠くから、地響きのような足音が近づいてくる。
暗がりの奥に、二つの赤い光が現れた。
やがて姿を現したのは、三メートル近い巨体のモンスター──ベアゴーレム。
熊のような黒い毛皮に覆われ、その上から石板の防具を装着している。
頭部には分厚い骨兜、腕は丸太のように太く、握った拳だけで人間の頭を粉砕できそうだ。
「ベアゴーレム……Cランクだけど、下手すりゃBランク以上だな」
榊原がライフルを構える。
俺は竹刀を中段に構えた。
──まずは面だ。
剣道の基本、頭部への一撃。防具越しでも有効打突なら通るはず。
踏み込み、渾身の面打ちを放つ。
ガキィンッ!
金属音が響き、竹刀は骨兜の上面で止められた。
高さもあるが、首をすくめて兜を前に傾けられると、面金部に当てるのはほぼ不可能だ。
「くそっ……!」
避けきれない横薙ぎの腕を、ギリギリで後退してかわす。
風圧だけで全身が揺さぶられる。
ならば──胴だ。
右側面へ回り込み、素早く胴打ちを放つ。
だが、ゴーレムの左腕が素早く下がり、石の防具が胴を覆った。
ガンッ!
衝撃が竹刀を通して腕に返り、痺れが走る。
有効部位を覆われた状態では、どれだけ力を込めても効果は発動しない。
「真、あいつの腕を見ろ!」
榊原の声に視線を走らせる。
ゴーレムの分厚い前腕には、確かに防具があるが、関節部分だけわずかに隙間が空いている。
しかも奴が振りかぶった瞬間、その隙間から“右小手”が露出する。
小手打ちは剣道の有効打突部位。
だが──相手の腕の長さを考えれば、振り下ろされる前に打ち込まなければならない。
「……やるしかない」
ゴーレムが吠え、頭上で腕を振りかぶる。
石床が軋む音と共に、その巨体が迫ってくる。
間合いを詰め、左足を踏み込み──
「小手ぇっ!」
竹刀の先端が、右小手の隙間を正確に捉える。
ガシャン、と硬質な音が響き、次の瞬間、ゴーレムの全身がぐらりと揺れた。
赤い目が光を失い、巨体が前のめりに崩れ落ちる。
呼吸を整え、竹刀を下ろす。
防具越しでも、有効打突さえ決まれば確実に倒せる──それが、この一撃で証明された。
「……面も胴もダメ、小手で仕留めるとか、剣道らしいじゃねえか」
榊原が笑いながら近づいてくる。
「次は突きも試してみるか?」
「……喉を出すような間抜けな敵がいればな」
冗談を返しながらも、胸の奥では熱いものが込み上げていた。
このスキルは、俺が磨いてきた剣道の全てを武器に変えてくれる。
ただし──一瞬の隙を逃せば、命を落とすのも一撃だ。
竹刀を握る手に力を込め、俺は次の戦いに備えた。