第2話「竹刀だけは──」
ダンジョン突入翌日、警視庁本部訓練施設。
俺は、昨日からずっとため息をついていた。
「心気力一致」──女神と名乗った存在が与えたスキル。格好だけはいいが、実態は最悪だ。
武器が持てない。
正確には、どの武器に手をかけても、まるで磁石の反発みたいに弾かれる。
拳銃も、警棒も、軍用ナイフもダメ。昨日の初陣では、素手で突っ込む羽目になった。
「剣崎、お前本当に武器が握れないのか?」
榊原が、半信半疑でライフルを差し出してくる。
「……ほらな」
俺が銃床に触れた瞬間、ビリッと電流が走って手が弾かれた。
「おいおい、まじかよ。これじゃあ戦えねえじゃねえか」
「言われなくても分かってる」
昨日はただのモンスター討伐だったから良かった。
だが次の任務では、武器を使えない奴なんて足手まといでしかない。
榊原は腕を組み、しばらく俺を眺めてから、ふっと笑った。
「なあ真。お前、竹刀ならどうだ?」
「……は?」
「ほら、道場に置きっぱなしだったろ。あれなら持てんじゃねえかと思ってな」
半信半疑で道場に向かい、埃をかぶった自分の竹刀を手に取る。
──その瞬間、驚くほど自然に握れた。
手の中に収まる感覚は、何百回も素振りしてきたあの感覚と同じだった。
「……握れる」
「ほらな。お前、竹刀限定なんじゃねえか?」
榊原はニヤリと笑ったが、俺は笑えなかった。
竹刀なんて、ダンジョンの中じゃ木の棒同然だ。刃も無ければ、殺傷力もない。
要するに──俺のスキルは、ただの足枷だ。
「……クソッ」
思わず柄を握る手に力が入る。
パキンと乾いた音が響き、竹刀の表皮がわずかに裂けた。
──その瞬間、ほんの一瞬だけ、竹刀が淡く光った気がした。
だが、そんな小さな異変よりも、目の前の現実の方が重かった。
俺は、警察官としても、剣道家としても、完全に役立たずに成り果てたのだ。
榊原が肩をすくめ、訓練場を出ながら振り返る。
「まあいい。どうせ次の任務は俺が援護してやる。木の棒でも振り回しとけ」
その言葉に、反論する気力も湧かなかった。
──まさかこの竹刀が、後に俺の命を繋ぎ、仲間を救う最強の武器になるとは。
この時の俺は、夢にも思っていなかった。