第18話「報告と分析」
エレベーターが唸りを上げ、ゆっくりと地上へ向かう。
湿った空気が次第に乾き、換気装置の低い唸りが耳に戻ってきた。
俺は背の竹刀を外し、濡れた面金を外して深く息を吸う。
「真、大丈夫か?」
榊原が視線だけで問う。
「……ああ。声に惑わされかけたけど、なんとか」
「誰でも一度はやられる。ああいう心理攻撃は訓練でも難しい」
榊原はそれ以上は言わず、無言でマガジンを抜いて残弾を確認する。
地上のゲートが開くと、冷えた外気と人工照明の白い光が押し寄せた。
待機していた医療班が駆け寄り、斉藤巡査部長を受け取る。
「右腕は骨折、出血も多いが命に別状なし。すぐ搬送します」
安堵が胸に広がる。
休息室で装備を外す間もなく、管制室から呼び出しがかかる。
部屋に入ると、壁一面のスクリーンに第六層のマップと、今回の戦闘映像が並んでいた。
「お疲れさまです」
迎えたのは情報分析班の班長・九重だった。
彼女は無駄のない仕草で映像を止め、俺たちを見渡す。
「まず報告を。第六層、エレベーターホールで遭遇した人型について」
榊原が簡潔に説明する。声の模倣、銃では即死させられない個体、そして俺の有効打突が通った部位と通らなかった部位。
水無瀬は投影した戦闘記録をスクリーンに送り、打突時のスキル反応データを示す。
「反応があったのは、頭部、喉部、胴の一部。右小手は成功例と失敗例が半々」
「つまり、外見は同じでも内部構造が違う可能性が高い」九重がまとめる。
次に話題は、倒したあとに残った“黒い靄”だ。
映像では、人型の残骸から黒煙のようなものが抜け出し、床を這って奥の扉へと消えていく様子が映っている。
「これについては……過去の記録と照合したところ、似た事例が一件だけあります」
九重が別の映像を呼び出す。数年前、別の地域のダンジョンで撮られた記録。そこでも、人型の残骸から黒い靄が抜けていく。
「この靄は、おそらく本体ではなく、制御系統――中枢から送られる信号体に近い」
「つまり……あの人型は遠隔操作?」俺が問う。
「可能性は高い。ただし、あの速度と反応を実現できる通信方式は現状不明」
会議室に沈黙が落ちる。
榊原がそれを破った。
「で、次はどうする?」
「第六層エレベーターホールの確保は優先度を上げるべきです。あそこを押さえれば、深層へのアクセスルートを確保できます」九重が言う。
「ただし、声の模倣と部位耐性の問題が残ります」水無瀬が補足する。
九重は俺に視線を向けた。
「榊原隊の戦術は有効でした。射撃で動きを止め、有効打突で仕留める。この連携を軸に、耐性部位の判別訓練を行います」
「了解」俺は即答する。
会議が終わり、部屋を出ようとしたとき、九重が俺を呼び止めた。
「真さん。……あの声、どう感じました?」
「どう、って?」
「心理的影響です。仲間の声に似せられた時、ためらいはなかったですか?」
わずかに間が空く。
「……一瞬、迷いました。正直、斉藤さんかと思った」
「次は、それを突かれると考えておいてください」
九重の目は冷たくも、どこかこちらを気遣っていた。
廊下を歩きながら、俺は竹刀の柄を握りしめる。
あの仮面の奥には顔はなかった。それでも、声は確かに知っている人間のものだった。
次に会うときは、迷わず打てるだろうか――。