第17話「声を纏うもの」
踏み込みと同時に、最前列の人型が滑るように距離を詰めてきた。
足音はしない。だが床板を蹴る感覚だけが確かに近づく。
肩越しに水無瀬が叫ぶ。
「動き、早い!」
俺は面へと振り上げ――止めた。
仮面の奥で、そいつの口が動いた。
「……真……俺だ……」
声は榊原のものだった。
一瞬、動きが鈍る。狙ってやがる――。
「惑わされるな!」
榊原自身の声が後方から響き、意識が戻る。
「面っ!」
仮面の中央を叩き割る。乾いた破砕音とともに、人型は糸が切れたように崩れ落ちた。
だが次の瞬間、左右から二体が同時に迫る。
「真、右!」
榊原の警告。俺は右足を引き、斜めに踏み込みながら小手を打つ。
しかし、手応えはあるのに崩れない。甲殻のような硬さが竹刀越しに伝わった。
「発動しない……!?」
「防具じゃなく、別構造か!」水無瀬が叫ぶ。
左側の一体が水無瀬へ伸びる。俺は距離を潰して胴を狙う。
「胴っ!」
今度は確かな感触。二撃目で崩れる。
やはり――有効打突が通る部位と通らない部位がある。
榊原の銃声が短く鳴り、背後の二体が弾け飛ぶ。
「撃っても崩れねぇのがいる。動き封じるだけだ」
「じゃあ俺が落とす!」
連携が形になる。銃で動きを止め、俺が有効打突で仕留める。
しかし敵は止まらない。仮面の奥から次々と声が溢れる。
「水無瀬……助けて……」
「榊原……やめろ……」
仲間や、かつての訓練仲間の声まで混じっている。
集中を削ぎ、間合いを狂わせようとする意図がありありと伝わった。
「惑うな!」
自分に言い聞かせ、中段を崩さず一歩ずつ詰める。
面、小手、胴――一つでも浅ければ発動しない。逆に言えば、迷いは即死を逃す。
五体目を落としたとき、水無瀬が叫ぶ。
「残り、五!」
「よし、押し切る!」榊原が号令をかける。
俺は目の前の人型の喉元を突く。
スキルの反応。全身がわずかに震え、仮面が砕ける。
その奥に――人間の顔はなかった。
黒い靄が形を保てず、床に崩れ落ちていく。
「……中身は、空か」
息を整えながら呟く。だが、靄は消えず、細い筋のように床を這って奥の扉へと消えていった。
「逃げた?」水無瀬が眉をひそめる。
「いや……帰った、か」榊原が低く答える。
残りも片付き、エレベーターホールに静けさが戻る。
俺たちは無言で顔を見合わせた。
模倣する声、効く部位と効かない部位、そして消えた靄――。
未知は減らず、むしろ増えていく。
「帰投だ。分析は上でやる」榊原の言葉に、誰も異論はなかった。