第13話「暗闇の痕跡」
北区画に足を踏み入れた瞬間、湿った空気が肌にまとわりついた。
壁面の苔がわずかに光を放つが、それだけでは視界は心許ない。
足音と呼吸の音が、やけに大きく響く。
「前方、何かある」
水無瀬が小声で告げ、指先で進行方向を指す。
そこには、散乱した弾薬ケースと破損した盾が転がっていた。
盾には深くえぐられた爪痕。
「……これ、探索班の装備だな」榊原が拾い上げる。
「持ち主は?」
「識別タグは……斉藤巡査部長のものだ。ここで交戦があったのは間違いない」
さらに進むと、床に引きずられたような跡と、複数の大型足跡が残っていた。
人間と魔物、両方の足跡が入り混じっている。
「こっちに連れ去られた……かもしれません」水無瀬が分析する。
その時、背後から低い唸り声が響いた。
「……来たぞ」榊原が振り向きざまに拳銃を構える。
暗闇から飛び出してきたのは、二メートル近い人型。
全身が黒い甲殻に覆われ、四本の腕を持つ異形――クアッドアーム。
「前衛、受ける!」俺が踏み込み、竹刀を構える。
一撃目は長い腕の薙ぎ払い。上体を捻ってかわし、懐に潜る。
「小手っ!」
刃筋正しく甲殻の隙間を叩く。スキルが発動し、一本目で仕留める。
だが、暗闇からさらに二体が姿を現した。
「二体追加!」水無瀬が警告。
榊原が片方を銃撃で牽制し、俺はもう一体に向かう。
突き出された下段の腕を竹刀で払い、空いた胴を狙う――が、甲殻に阻まれた。
力がわずかに足りなかった。
「クソ……浅い!」
すぐに体勢を立て直し、相手の頭部に回り込む。
「面っ!」
有効打突、スキル発動。二体目も崩れた。
榊原の銃声が止み、最後の一体も沈黙した。
息を整えながら、周囲を確認する。
「……死体はないな」榊原が低く言う。
「少なくとも、連れ去られた可能性は残ってます」水無瀬の言葉に、わずかな安堵が広がる。
「行こう。生きてるうちに見つけるぞ」
再び竹刀を握り直し、暗闇の奥へと進んだ。