第1話 プロローグ「武器が持てない最強剣士」
世界が変わったのは、一か月前だった。
首都のど真ん中に、底の見えない黒い穴が開いた。
それは「ダンジョン」と呼ばれ、突如として現れた未知の空間だ。
モンスターが現れ、犠牲者も出た。だが同時に、ダンジョン内部には希少な鉱物や宝が眠っていることが判明し、政府は探索部隊を編成。警察・自衛隊・民間探索者が招集された。
俺もその一員だった。
剣崎 真、三十五歳。警視庁機動隊所属。全日本剣道選手権大会を二連覇した、剣の道の化身と呼ばれた男だ。
警察内でも、剣で俺に勝てる者はいない。
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『お主には“心気力一致”を授けよう』
任務前夜、夢に現れた女神がそう告げた。
心・気・力──剣道の理念そのもの。
俺のためにあるようなスキルだと、その時は疑わなかった。
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だが、ダンジョンの初任務で、俺は絶望することになる。
「……なんだ、これは」
渡されたロングソードが、握った瞬間にスルリと落ちた。
拾い直しても同じ。短剣も、槍も、銃すらも握れない。
まるで手から逃げるように、武器が滑り落ちるのだ。
「剣崎さん……それ、もしかして武器持てない系のスキルじゃないですか?」
同じ隊の若い探索者が苦笑する。
武器が持てない探索者──戦闘では完全に足手まといだ。
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「最強の剣士、笑わせるなよ」
「護衛って聞いて期待してたのに、ただの荷物じゃねえか」
耳に刺さる陰口。だが反論はできない。
この世界では、素手でモンスターに挑むなど自殺行為だからだ。
剣道の世界では無敵だった。
だが、未知の脅威を前に、俺は何もできない。
そんな自分に、歯を食いしばるしかなかった。
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それでも──このまま終われるはずがない。
女神が授けたこのスキルには、まだ俺が知らない“何か”がある。
剣の道で築いた俺の人生を、この程度で終わらせはしない。