9 母を愛した証は、魂に刻んだ誓い
「ああ……それはな」
魔王は、息子アルファードの問いに少しだけ頬を赤らめた。
「だって、年齢も違う。死んだ時にはすでに存在してる。しかも、こんな顔もわからない状態で現れたのに…
戸惑いを隠せないアルファードに、魔王は頭をかいた。
「この世界ではな、本人たちが『結婚した』って言えば結婚になる。魔王だろうが重鎮たちに宣言すれば成立する。けど──」
魔王は少しだけ遠くを見た。
「リンは人間だった。人間には“けじめ”がいる。指輪、式、届け出……そういう“かたち”が大事なんだ」
「……はい」
「だから、私は彼女に合わせた。リンの指に、契約魔法を施したんだ。『彼女以外を伴侶にしない』って魂に誓う魔法だよ。──生涯、リンとアルファードを愛し続けると」
「父上……」
思わず胸が熱くなる。あんなに俺と喧嘩してたのに、ちゃんと……ずっと愛してくれてたんだ。
「指といっても魂に契約を刻むから、見ればわかる。リセリアの中には、間違いなくリンがいた。私の契約もちゃんとある」
「……ほんとに、母上なんですね。でも……僕と同じ年にしか見えませんよ?」
「うむ、そこが問題でな。もうちょっと大人な見た目で生まれ変わってくれれば、色々と……こう……助かったんだが」
「??嫌な予感がします。やめてください」
「いや、ほんとだよ? たとえば、ただ手を握るだけでも、見た目の年齢差を知らない人からしたら、妙な目で見られかねない」
「やっぱりやめてください! 絵面が誤解を招きすぎますから!」
「だから言ったろう。熟女で転生してくれたら良かったのにって……」
「その発言が一番アウトですからね!?」
魔王はふうっとため息をつき、息子は頭を抱えた。
──まさかここまでツッコむ日が来るとは、アルファードは思っていなかった。
まったく、母上には敵わないな。
一気に遠くにいると思っていた父上が近づいてきた気がする。そんなやりとりすら久しぶりで。
だからこそアルファードは少しだけ、安堵していた。
それでも──
リセリアの顔の腫れ、なんとか繋げた骨、傷ついた内臓。そんな彼女の姿を見れば見るほど、怒りが湧く。
同時に、あの場にあった無数の屍を思い出して、背筋が冷えた。
「……母上って、すごかったんですね」
「ん? なんだ急に?」
「リセリア、武道以外はパーフェクトでした。学校でも姿勢はいつもピシッとして、成績もトップで。……俺、一度も勝てたことなかったです」
「まあな。スネクの仕込みだから」
「え? あのメイド長が?」
「そう。優しいけど、容赦ないぞ? 実は、スネクは俺の母の姉なんだ。自分の帝王学も、リンへの妃教育も全部スネクが教えた。蛇鞭片手に、、な」
思い出すように、魔王はくすくすと笑う。
「リンと二人、よく震えてたよ。ヘビ一族ってだけで威圧感すごいんだ」
……こんな会話、母とできていたらどれほど嬉しかっただろうか。
「でも、リセリア……武道はからっきしで」
アルファードは、今日学園で起きたことをかいつまんで話す。
魔王の顔が、みるみるうちに物騒なものに変わっていった。
「殺す」
「だーめです。父上が離れたら、リセリアの容態が急変します!」
魔王は軽口を叩きながらも、ずっとリセリアの魔力循環を調整している。
ひどい熱にうなされる彼女の手を握り、時折涼しい風を送ってやる。
その表情は、優しさに満ちていた。
──甘い。甘すぎる。
……なのに現実味がなさすぎて、アルファードとしては父の浮気現場を目撃している気分で、なんとも言えず複雑だった。