8 妻がいない世界で、父親をやり直すなんて無理だった
リセリアの呼吸が、ようやく落ち着いた。
魔王はゆっくりと顔を上げる。
久しぶりに――息子と目が合った。
「……大きくなったな」
口をついて出かけた言葉を、飲み込む。
こんなこと言ったら、リンにもアルファードにも怒られそうだ。
リンがいなくなってから、リンのことばかり考えていた。
でも――俺たちの子供なんだ。
愛してるのは変わらないのに、アルファードのことまで、ちゃんと見てやれてなかった。
……父親失格だ。
「……本当に、リン、なんで来てくれなかったんだ」
ぽつりと、こぼれた独白。
私たちはリンの死後は“精霊契約”をしようと話していた。
やり残しがあれば魂が残るって、リンも知ってたはずだ。
自分のこともアルファードのことも心残りって言ってたのに。
私が拾うって、わかってただろうに。
なのに――転生してる。
しかも瀕死の、あんな姿で。
前世の彼女と出会ったときも、同じだった。
人間社会で搾取されて、飢えて、やせ細って。
それでも生き抜いて、聖女になって、偶然が重なって自分のもとへ来た。
だからずっと思ってた。
「ちゃんとご飯を食べさせてやりたい」
「安心して眠れる場所をあげたい」
――それだけだったのに。
なんで、あの頃よりひどい状態で再会しなきゃならないんだ。
あんなに頑張って、人間と魔族の橋をかけた彼女が。
誰よりも優しくて、聖女と呼ばれた彼女が。
「父上」
アルファードが、遠慮がちに言った。
「その……まずは、お姿を整えられた方がよろしいかと」
「あー……」
目を覚ましたリンに「どちら様ですか」と言われかねない。
魔王は軽く清浄魔法をかける。
……服、全部リンが用意してくれたやつしかない。
っていうか、最後に着替えたの、いつだ?
……あれ。リンが死んだ日から……?
「……臭っ……」
髪も伸び放題だし、顔も――これ誰だ?って感じだ。
「……トミー、呼ぶか」
そうつぶやくと、アルファードが苦笑した。
トミーとは魔王の秘書官だ
「いや、それか……メイド長のスネクは?」
「父上、何度みんなで呼んでも無言で、ご飯も食べなくて……流石に一年は見守りましたけど『必要とされればまた来ます』って、退職されました」
「は?」
「今、城に残ってるのは、秘書官のトミーさんと厨房掃除のネズミイさん、あとトミーさんの妻のバニーさんだけ。ほか全員――解雇です」
「解雇ぁ!?」
「父上が外に出ないし、ご飯も食べないし、この先どうなるかわからないってことで、一年だったところで、トミーさんが判断しました」
アルファードのため息が深かった。
「……いや、俺も困ってます。何百年の封印から目覚めましたみたいなテンションで復活されても」
魔王はその場にしゃがみこみ、頭を抱えた。
いろいろ終わってた。
「でも、今ちょっとわかりました」
アルファードが、ふっと笑う。
「俺、多分……父上から学ばなきゃいけないこと、めちゃくちゃありますね」
「……それは、どうも」
「ただ、申し訳ないけど……」
アルファードの目が真剣になる。
「俺には、あの堕天魔族のリセリアにしか見えないんです。
父上が、なぜ彼女を“母上”だと思ったのか――教えてください」