66 魅了は解けたはずなのに、セラフィナが可愛すぎて理性がもたない
「セラフィナちゃん、今日も可愛いよな」
「廊下歩くだけで、もう働かなくていいかなって気持ちにさせてくれる心地よさ」
「笑顔みたら、もうあの世に旅立っていい気持ちにさせてくれるもんな」
――まさに、聖女。
だけど、これまでにないタイプの“癒し系”聖女だった。
回復魔法は、まだそこそこ。
でも浄化は、まったくできない。
しかも――一生懸命に発動すると、なぜかみんなの闘争心がなくなってしまうという謎仕様。
喧嘩していた人たちが、いきなり抱き合って泣き出したり。
頑張って仕事してた人が、突然「家族の顔が見たい」とか言って早退したり。
……そしてトミーが頭を下げてきた。
「いや、すいませんけどね。みんないい感じに癒されちゃって、どうでも良くなっちゃうから仕事にならないんです。お願いですから、もう結婚するまで部屋付き秘書官で。結婚しても部屋付きで」
アルファードも、それには苦笑いするしかなかった。
これはダメだ。完全に公私混同されてしまう。
……本人は一生懸命で、悪気はないんだから、仕方ない。
「わ、わたし、また周りにご迷惑を……」
セラフィナはボロボロ泣く。
これがまた、とんでもない破壊力。
なんせ――いまや自分の婚約者。好きで結婚する女性になったのだから、もっと気合い入れて、細目で接しないと……押し倒しかねない。
「そんなことないよ。君は僕の婚約者だろ? 周りに悪い虫をつけたくない、俺のわがままだよ」
そっと手を握り、微笑む。
セラフィナが嬉しそうに笑う。――破壊力MAX!!
うわ、だめだ。せめてキスくらいしたくなる……!
「あっ! そういえば、今度の魔王会議でのご挨拶用に、お兄様がお洋服を送ってくださったの!」
「そうか、魔王会議もいよいよだな……」
魔王会議とは、魔王を中心にした重鎮が集まる会議のことだ。ここで結婚が認められたら全国に魔王の息子の嫁として認知してもらえるらしい。
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あの後、ヴァイパーからは
「八つ当たりしてしまった」と謝られた。
でも、殴られた俺はともかく、なぜかヴァイパーも頬が腫れていた。
「……なんでヴァイパーが?」
「魔王にやられたんだよ」
「父上が!?」
その時、ひょこっとベッドから立ち上がり、セラフィナが部屋から顔を出す。
ヴァイパーは、しばらくセラフィナを見て固まった。
「お兄様も、そういえばアルファード様もお顔が……!どうしましょう」
セラフィナはオロオロする。
そしてはっとひらめいたように
「私、聖女になったらしいのです。どうやれば回復できるのかしら」
「……ああ、それはゆっくり教えてあげる……」
という間もなく。
セラフィナは、ふたりの痛めた頬に両手を伸ばして――
「ぷん!!」
と一言!
その瞬間、頬は治らないが、アルファードとヴァイパーの鼻から――鼻血が吹き出した。
「アルファード様! お兄様!」
破壊力、すごすぎる。
可愛すぎる!
ヴァイパーはハンカチで鼻血を押さえながら、ぽつりと聞く。
「セラフィナ、体調はどうだい? 前の記憶とか、しんどい気持ちはないかい?」
「ご心配おかけしました。お兄様も、心配してくださったんですね。それが、まったく覚えてないんです」
セラフィナはほわっと微笑む。その表情にヴァイパーも目を細めた。
「そうか……あ、セラフィナ、服が血まみれじゃないか」
「背中が切れちゃったみたいで……。新しいお洋服、さすがに必要ですね……」
しょんぼりするセラフィナに、ヴァイパーが笑って声をかけた。
「お兄様が、またセレクトしてあげるよ。今度は“聖女っぽい”のにしようか? ワンピースも買ってあげる」
「いやいや! 俺が選びますから!」
「お兄様のお洋服センス、素敵ですよ。アルファード様、何が気に入らないんですか?」
腰に手を当ててプンスカするセラフィナ。
かわいいが……かわいいけど!!!
ヴァイパーは冗談だよと苦笑して、セラフィナに改めて告げた。
「ヤキモチだよ、セラフィナ。さすがに、好きな女の子を着飾らせる権利を奪うのはやめておくよ。
……代わりってわけじゃないけど、殴ったお詫びも兼ねて、魔王会議で着る洋服だけは、ヒュドラオン自慢のものを準備してやりたい。それだけは、許してくれ」
「お兄様……! わたし、お兄様の妹になれて、ヒュドラオン家の娘にしてもらえて……幸せでした」
ヴァイパーは、目を細めて――
「そうか。私も、君が家族になってくれて、嬉しかったよ」
そう、優しく笑った。