6 助けてといった時助けてくれたのは父上だった
魔王の一族が使う伝書鳥――
代々、魔王、皇后やその子らが使ってきた魔鳥だ。
闇空を裂いて飛び、人間界にも魔界にも行ける。
偵察も、伝令も、危機の報告もできる。
足には小さなカプセルを付けて、手紙くらいなら持たせられる。
ただし、かなりの忠鳥。
魔王の血を引かない者には、ただの黒い鳥だ。
アルファードは、自分の手のひらに魔法陣を描いた。
「……リセリアを探して、危機があれば場所を示せ」
鳥を魔法陣に乗せる。
父上クラスになれば、魔法陣など使わず、目や気配ひとつで命令できる。
まだまだ、俺は足元にも及ばない。
伝書鳥は、漆黒の空へ溶けていった。
⸻
その頃、リセリアの意識はすでにほとんど残っていなかった。
かろうじて指が動くかどうか。もう声も出せない。
折檻?
そんな優しい言葉じゃ済まない。
堕天魔族にとって、「傷ついたからといって魔王の息子に運ばれる」なんて、最大級の屈辱。
殺す機会を潰す?
そんなやつ、ただの穀潰しだ。
折檻が終わり最後に投げ込まれたのは、糞尿と腐臭のただよう死体置き場。
生きているのが奇跡なら、それもすぐに終わる。
(別に、助けてなんて思わない)
この種族に、父も母もない。
生まれればすぐ、魔王を殺せるかどうかで評価されるだけ。
魔王さまと息子に手を出せない私は初めから――
こうなる運命だった。
だんだん意識が遠ざかっていく
⸻
「おい!! おい、リセリア! 生きてるか!!」
伝書鳥の緊急SOSがついたのは、鳥を放って数秒後、アルファードの耳にけたたましい鳥の鳴き声が聞こえた
アルファードは転移魔法で鳥が示す場所に駆けつける。
そこに、リセリアはいた。
だが、返事はない。動きもしない。
「……嘘だろ……!?」
あわてて回復魔法をかける。
リセリアの体がびくんと震えた。だが直後、大量の吐血。
体温が一気に下がっていく。
「くそっ……!」
俺じゃ無理だ。これ以上はもう……!
(なんであのとき、家に帰した……? なんで、こんな……!)
死体。死体。死体。あちこちに転がる堕天魔族の骸。
「リセリア……!」
抱きしめたまま、喉が潰れるほど叫ぶ。
「誰か!! 誰か助けてくれ!! お願いだ……!」
⸻
「おやおや。これはこれは、魔王さまのご子息じゃないですか」
嘲笑う声が、暗がりから響いた。
「……不法侵入じゃないですかねえ?」
男が一人。堕天魔族の長か――アルファードの顔が歪む。
「ふざけるな! お前らこそ、これだけの殺戮をして、許されると思ってるのか!」
「思ってますとも」
男は涼しい顔で言い放つ。
「魔王と、あなたが死ねば、瘴気を浄化できる者はいなくなる。後継もいない。それなら、“私たちが選ぶ秩序こそが正義”です」
男の掌に、巨大な火球が生まれる。
「……!」
それがリセリアを抱えたアルファードへ投げつけられた。
「っ……!」
ギリギリで防御魔法を展開するが、風圧と熱でよろめく。
「その穀潰し、早く捨てたほうがいいんじゃないですか?」
男はにやにやと笑って、もう一発を構え――
ドゴォォォォン!!
轟音と共に、石壁が砕けた。
「っ……!?」
爆煙の中、アルファードの前に立ちはだかったのは――
「ち、父上……!」
長い間、顔を合わせることもなかった父。
現魔王の姿だった。
魔王は、ちらりとアルファードとリセリアを見て、目を見開く。
「急げ。戻るぞ」
その一言で、転移魔法が展開される。
アルファードとリセリアの体が光に包まれ、空間から消えた。
――残されたのは、死屍累々の堕天魔族と、震える長の姿だけだった。