4 夢であってほしいって思ったら、現実のほうが厄介だった
「こりゃ……ひでぇな」
アルファードは、ぐったりと意識を失ったリセリアをお姫様抱っこしたまま、保健室の扉を蹴り開けた。
これで、親子でなければ、まるで学園ラブコメのテンプレ展開である。
ただ、現実は、顔面タコ殴り、内出血パンパン、もはや武道の授業じゃなくて“魔界救急24時”。これは訴訟案件。
「先生、冷やすもの持ってきて」
魔王の息子の一言で、保健室の先生は猛ダッシュ。役職は伊達じゃない。
ベッドにリセリアを寝かせる。息はあるけど、意識はない。これは……ちょっとひどすぎる。
「……マジで、女の子にすることかよ」
両手首をそっと握って、魔力を流しながら全身に集中する。
傷が、痛みが、腫れが、浮かび上がる。
──ああ、ひでぇ。
手を放した。こんなの、武道の練習じゃねぇ。どこまでやられてんだ、こいつ。
絶対あの中の奴ら、嫁候補にはしない!
先生が山ほど保冷剤を持って戻ってきた。
腫れてるところに服の上から当てると、リセリアのまぶたがぴくりと動いた。
「……気づいたか?」
ゆっくり目を開けたリセリアは、ぼんやりとアルファードの顔を見つめる。
ああ、夢だ。
アルファードがいる……優しい顔してる……これは絶対、夢。
「……アルファード……」
涙がつーっと伝う。
「お、おい! 俺はここだ! つーか、“さん”か“さま”ぐらいつけろ! 俺たちそんなに親しくねぇ!」
「……」
「……」
「ううっ! せめて夢の中ぐらい優しい息子だったらよかったのに!!」
「夢じゃねぇ! しかも息子じゃねぇ!!」
「……」
「……え? じゃあなんでアルファードがここに……?」
「だ・か・ら! せめて敬称つけろっての!」
がりがり頭をかくアルファードに、ようやくリセリアの記憶が追いついた。
「……ああ、そっか、武道の授業中で……ここ、保健室?」
「そうだよ。お前、授業中に倒れたどころか、傷だらけだぞ。武道のせいだけじゃねぇだろ。なんなんだその身体……」
「きゃっ!? 息子とはいえ、見たの!?」
「だから息子じゃねぇし、見てねぇ! 手でスキャンしただけだ!」
アルファードが顔を真っ赤にして怒鳴る。
リセリアは、ふっと笑った。
──そういえば。
魔王さまも、よく妊娠中のお腹に手を当ててたっけ。
「男の子だな」とか「大きくなってきたな」とか……
あの手は、全部分かってた。
「そうか……魔王さまの手って、やっぱりすごい……」
ぽつりと漏らして、また涙がにじむ。
あの人、元気かな……
精霊になれなかったこと、まだ怒ってるのかな……
「……とりあえず、回復かけるから」
アルファードの声で、我に返った。
はっ!
「わたし、どうやってここまで来たの!?」
「どうって、俺が運んだんだよ」
ずーーーーーん!!
今夜の折檻コース、確定……!
二人っきりでとどめさせないとなれば、こっちがとどめさされそう。
「おい、普通そこは“ありがとう”だろ!? なんで凹む!?」
「ご、ごめんなさい。運んでくださって、ありがとうございました。凹んだのは、べ、別の理由で……!」
リセリアは言葉を濁しつつ....
アルファードは思い返す。
そういえばこいつ
──授業態度は真面目。
──俺より成績も上。
──変な奴だけど、危害を加えてきたことは一度もない。
なのに、なんでこんな目に……
「……あのね。回復は、いらないから」
「は?」
「しても、無駄なの。今、アルファードさんと二人きりになっても、トドメが刺せなかった。逆に私がトドメ刺されるだけ……」
「はあ!?」
「ありがとう、アルファードさん。優しくしてくれて、とっても、嬉しかった」
リセリアが、ふわっと笑った。
それだけで、母とは思ってもみないアルファードの胸に何かが突き刺さるのは簡単だった。
──なんでだよ。
──こいつ……トドメってなんだ?逆に刺されるって何?
──なんで、こんな顔で笑うんだよ……。
純情アルファードの心も間違いなく、魔王のDNAを引き継いでいた。