3 武道の授業で死にかけたけど、助けに来たのは最強の息子でした
次の日——
私の顔は、見事にボッコボコだった。
もともと赤紫だった頬は、さらに深い赤紫に進化し、目は腫れて半開き、唇はぷっくり腫れて風船のよう。
当然、クラスメートはさらに遠巻きに。先生ですら、目を逸らした。
うん、やっぱりね。この体……前の持ち主も暴力で死んでる。納得。
でも問題は、顔だけじゃなかった。
この学園、私以外にも堕天魔族が潜り込んでいた。
しかも、みんな狙うのは同じ相手——
アルファード。
次々やって来ては、秒で撃沈されていた。
華麗に、容赦なく、徹底的に。
その姿を見るたび、胸が熱くなる。
さすが私の息子!! 超カッコいい!!
……って、興奮してる場合じゃない。
これじゃますます、堕天魔族ってだけで肩身が狭い。
おまけに、私だけアルファードを狙わなかったことで、今夜もまた折檻コース確定。
息子の成長を見るのが先か、私が死ぬのが先か。いや、前世も老衰との競争だったし、あんまり変わってないな?
でも。
久々の“勉強”、そして初めての“学校生活”は、正直、ちょっと楽しい。
人間だった頃、魔界に連れてこられて最初に教えられたのは、スパルタ教育。
蛇魔族の先生がマンツーマンで叩き込んでくれた。
心は優しいけど、手は容赦ない。
泣きながら文字を覚え、作法を叩き込まれ、皇后になる訓練をした。
勉強は痛いものだった。
でも今は違う。出来なくても誰にも迷惑かけない。
だから私は、ただ静かに問題を解く。
何も考えずに、夢中になってノートに向かう。
この時間だけは、過去も未来も、忘れられる。
……それだけで、ちょっと幸せだった。
そんな学生生活が毎日つづく。
少しづつ退学になる堕天魔族と目が開かないほど腫れ上がる傷が増えていくわたし。
その姿が、周囲の注目を更に集めているとも知らずに。
*
そうなのだ。中身は元皇后リンなのだから、目を引くのは当たり前!
腐っても元皇后。
姿勢は常に真っ直ぐ。歩く姿も、座る姿も、どこか気品がある。
……ほんと顔さえボコボコじゃなければ、完璧だった。
学力テストでは、魔族の御曹司たちを余裕で引き離しての首位独走。
ダンスの授業では、すべての社交ダンスをさらりとこなす。
執事レッスンでは、スケジュール管理に帳簿の読み書き、講師の先生より的確に指導できる始末。
お茶の作法も、淹れ方から銘柄当てまでパーフェクト。
……まさにスーパーレディ。
けれど、ただ一つだけ——
どうしてもできないのが「武道」だった。
堕天魔族の技は、小さい頃から叩き込まれる殺戮術。
でもこの体の戦いの記憶は、前の持ち主のもの。
自分の感覚とズレていて、うまく動けない。
その“できなさ”が、周囲のプライド高い魔族たちの神経を逆なでする。
「なんであんなやつが、成績一位なのよ」
見下す視線。ねたみの囁き。
そして、武道の授業中——
「これ、武道だよね? だからいいんだよね?」
そう言って笑った女の子に、私は無抵抗のまま殴られ、蹴られ、吹き飛ばされる。
先生は止めない。
見て見ぬふり。血族の高い子から、堕天魔族を守る必要はない。むしろ“正当な指導”だとでも思ってるのか。
——このまま意識が、飛ぶな。そう思ったその時。
「……やりすぎだ」
割って入ったのは、アルファードだった。
その声は冷たく、怒っていた。
私の世界は、そこでやっと止まった。