16 死ぬか、助かるか。魔王の試練と、息子の決断
堕天魔族の少女は、じっと魔王を見ていた。
――もう、覚悟は決めたように見えた。
目をぎゅっと閉じ、生涯の終わりを待つ。
「父上……!」
アルファードは思わず声を上げる。
堕天魔族を守る義理などない。けれど、目の前で殺されるのを黙って見ていいのか?
魔王はふっと冷酷な笑みをみせた
「リセリアにしたこと、言ってみろ」
「……学園から、折檻の場所へ。意識を奪って運びました」
「それから?」
「……ずっと、見てました。止めず、助けもせず……ただ、見てました」
少女の目から、ぽろぽろと涙が落ちる。
「そこに連れて行ったら、リセリアはどうなると思った?」
「……死ぬか、運が良ければ……助かるかと」
「理解していたんだな」
「……はい」
まるで、公開処刑だ。
魔王は静かに言い放った。
「では、君にも同じ目にあってもらおう。
死ぬか、運が良ければ……助かるか」
彼の手のひらに、黒い塊が現れる。
禍々しく蠢く、怨念の球――
リセリアの体から抜き取ったものだ。
「父上、何を……!?」
アルファードの叫びも虚しく、怨念の球は少女に投げつけられた。
「これはリセリアを蝕んでいた怨念だよ。君の中のそれと合わせれば、ちょうど二倍かな?」
魔王は腕を組んで、無感情に見下ろす。
「アルファード、たまには実地訓練だ。彼女を無事に浄化してごらん。魂が壊れなければ、助かるかもね?」
拘束された少女の目が赤く染まり、絶叫が響く。
「もちろん助けなくてもいいよ。私としては、どちらでも構わない」
「うっ……」
アルファードは思考が空回りする。
助ける義理はない。けれど――
(本当に、見捨てていいのか……?)
「殺す、殺す、殺してぇ……!」
その声に、反射的に魔法を展開した。
まずは、怨念を引き剥がす。
「ぎゃああああっ!!」
少女は叫び、血を吐く。
「アルファード、力ずくは苦しいようだよ」
父の冷たい声が突き刺さる。
(中で浄化すれば……痛みは少ない?)
「……くそ、少しずつ抜く……!」
まるで霧のように、少しずつ体から浮かび上がった怨念を一つ一つ浄化していく。
体に重みがのしかかる。
出しながら浄化――魔力を二倍、一気に使う。
「アルファードも、苦しそうだね。……助ける理由、あるの?」
(理由?)
汗が滴る。少女は苦しみ続け、叫び続ける。
「殺して……お願い……殺して……!」
――助けたい。
理由なんて、いらない。
(母上はこいつを助けたことがあった。その時、理由なんて……あったのか……?)
アルファードは魔王を見据え、言った。
「理由は……ないです。ただ、助けたいと思っただけです」
その瞬間、少女の意識が落ち、拘束魔法のまま倒れかけた体を
――スッと出てきた魔王が支えた。
「合格だよ。アルファード。……あとは一気に怨念を引き上げて、浄化してごらん」
今度はスムーズだった。黒い塊は抵抗なく浮かび上がる。
(抗う気力が残ってないからか)
怨念がすべて浄化すると、空気が一変した。
清浄。静寂。
魔王は呟くように言った。
「リセリアの体にもあったが……この子も小さい頃から怨念を植え付けられていた。本人の意志とは無関係に、魔王とその息子を殺すようにね。……このままじゃ、無害にはなれなかった」
少女の拘束魔法が、解除される。
「この子には酷だが……リンの怨念を、この子の目覚めのきっかけに使わせてもらった」
アルファードは膝をつく。
(……やっぱり、理由があったのかよ)
「けどね、アルファード」
魔王は優しく笑った。
「“助けたい”という純粋な気持ち。それが、お前にあるのがうれしいんだ。リンも、そういう人だったからな。お前がこの子を最後まで救えるか、私もドキドキしながらみていたよ。」