13 堕天魔族として還った妻が、魔王の隣に戻るまで
「魔王様、開けていただけますか? トミーです」
――久しぶりに聞く声だった。魔王さまの秘書官。
人間界から魔王さまと一緒に私を救い、魔王さまとの結婚まで支えてくれた人。
でも、体が固まる。
もし……拒絶されたら。
もし、魔王さまを守るために――私を、殺そうとしたら。
「リン、大丈夫。私がいる」
額にそっとキス。
魔王さまはドアを開け、廊下に出て行く。
「魔王さま!! まあ……ご無事で!」
トミーさんの声が響く。
私の魂がここに戻らなかったせいで、きっと大騒ぎだったんだろう。
どんな話になってるのか……気になる。けど、眠い。
お粥をちょっと食べたら、それだけで――
トミーさんにご挨拶...しないと...
意識が、ふっと遠ざかっていく。
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しばらくして、
トミーがおそるおそるベッドに近づいた時には、すでにリンは眠りに入っていた。
「……これは、ひどい怪我ですね」
「バニーに頼んで作ったお粥を少し食べさせた。けど、それだけで眠ってる。体力がなくてね。アルファードがいなけりゃ、死んでたな」
魔王さまはベッドのそばで、私の手を取って魔力を巡らせている。
体の中で何かが流れるたびに、少しだけ痛みが和らぐのか、リセリア(=リン)の表情が溶ける
「……正直、見た目じゃリン様とは結びつきません。けど、結婚の契約魔法を知ってる私としては、まあ、納得できます」
「ただ、アルファードとはそうはいかなくてね。さっそく喧嘩して落ち込んでた」
「やっぱり親子ですね。つい母上様になってしまったんでしょう」
トミーさんが笑う。魔王さまも苦笑して、私の手を優しく握ったまま言った。
「迷惑かけた。体が戻るまでは、もう少しそばにいる。……戻っても、離れる気はないけどな」
「はいはい。分かってますよ。今回の件で、魔界はリン様がいないと回らないって、全員理解しましたし」
「リンに、『汚い』『髪ボサボサ』『片付けて』って怒られた」
「それは当然です。まずは着替えて、髪も切りましょう。服はバニーに。部屋は……このままで」
「いや、こんな体で目覚めて掃除しようとしてたんだぞ?」
「……それこそ、リン様らしいですよ。元気にならなきゃって、自分に言い聞かせてるんでしょう」
トミーさんは、ふっと笑った。
魔王の表情、目の輝きに安堵する。
この人も、リンがいなくなってずっと辛かったんだろう。
「すまない。リンのことになると、他が見えなくなるんだ。自分でもこんなに一人を愛せるなんて思わなかったよ…」
魔王さまが、少しだけ顔を伏せる。
――堕天魔族。
この姿を、皆にどう説明するか。
アルファードとの溝も、どうにか埋めなければならない。
トミーは、そっと魔王さまを見上げた。
「……一歩ずつやるしかないですよ。リン様なら、大丈夫です」