12 魔王とその妻は、見た目の年齢差に今日も翻弄される
リセリアがやっと目覚めたと聞いて執務室に入れてもらった。でも、でもだ。
「母親です」と言われても、信じろって方が無理だ。
見た目、俺の同級生なんだぞ――。
「あの……母上?」
アルファードが、もじもじしながら部屋の隅に立っていた。
「ええと、その。なんか……やっぱ見た目とのギャップがすごくて……全然、実感が湧かないんだ」
目をそらしつつ、申し訳なさそうに言ってくる。
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと生まれ変わってくる歳が若過ぎちゃった。でもね、あなたがいなかったら、私……たぶん死んでたわ。アルファードは、命の恩人よ」
にこっと微笑むリセリア。
――しわしわだったあの頃の“おばあちゃん”と、リセリアがふっと重なり、アルファードは思わず目を見張る。
「学園、行ってるの?」
「ああ。リセリアに嫌がらせしてた連中、全部とっちめてやった」
「……えっ」
思わず目を見開いた。
「ありがとう。……でも、もう、それで最後にしてちょうだい」
「は? まだいんだろ、そういう奴!」
会話が、母というよりリセリアへの口調。
やっぱり、アルファードにとって自分は“同級生のリセリア”なんだ。
「そうなんだけど……あなたは“魔王の子”よ。
その肩書きだけで、否応なく力を持ってしまう。
堕天魔族が、理由もなく忌み嫌われるように、あなたもまた、“望まぬ権力”を背負っているの」
リセリアの中にいるリンは、母としてアルファードを見つめていた。
「力がある者がその力を使えば……たとえ善意でも、求めない結果を生むことがあるの」
「……っは! 目覚めたと思ったら、説教かよ!」
バンッ!
アルファードはドアを勢いよく閉めて出ていった。
「……うまくいかないわね」
ふう、と息を吐く。
魔王さまは私に甘いから、絶対に私の味方してしまうし。
でも、アルファードと同じ立場の子なんて、どこにもいないの。
彼を守りたい。けれど、その方法が……。
⸻
天井をぼんやり見上げる。
骨がくっつくまでは、絶対安静。動いちゃだめ。
――動いたら、私も籠城するからね!
……と、厨房にごはんを取りに行っただけの魔王さまが。
「アルファードに見張らせてたのに! あいつ、もういないのか!!」
怒鳴りながら転移で戻ってきた。
「……まだ10分しか経ってませんけど」
リンはため息をつきながら話す。
でも.....
「その10分で言い合いになっちゃって……。私がつい、口うるさく言っちゃったから。まずは感謝を伝えるべきだったのに」
ベッドの中で、周囲を見回す。ここ……執務室だった場所
――だった、というのは、部屋が荒れ放題だから。
掃除しようとしたら「絶対安静」って言い渡されたのだった。
魔王さまはアルファードと喧嘩して落ち込む私の頭をよしよしと撫でる。
――三十代前後の、威厳ある姿。
私の“夫”は、変わらずかっこよかった。
……ただ、少女の姿で見上げると、なんだかこそばゆい。
「元気になったら、いろんな話をしよう。君を探してる間、執務室に籠城してたらトミーがみんな解雇しちゃっててね。とりあえずバニーさんに食事をお願いしたんだ」
「びっくりしてたよ。三年ぶりだって」
魔王さまは、くすくす笑いながら、私の髪をそっと撫でる。
――清浄魔法が常時かかっているから、衛生面はOK
でも、顔の腫れはまだ残っていて痛々しいな。
「顔も治るけど、急ぎすぎると負担がかかるからね。堕天魔族は回復力があるはずだから、自然治癒を優先しよう」
「じゃあ……まずはお粥からね」
ベッドを少しだけ起こしてくれる。そして魔王さまが、おかゆをふーふーして冷ます。
「ひ、ひとりで……」
「ダメ。手首も腕も骨折してる」
うー、トイレもお風呂も清浄魔法で処理してくれてるから、動かなくていい――けど、お腹は魔法じゃ満たせない。
「私から楽しみを奪わないでくれるかな?」
魔王さまが、ちょっとだけ口を尖らせる。
「……わかりました。じゃあ、甘えます。代わりに、食べ終わったら身の回りくらいは片付けてくださいね」
十五歳の堕天魔族に叱られる見た目30代の魔王さま。
――見た目のギャップがすごすぎるけど、中身はちゃんと“皇后リン”だ。
……でも、これ、周りが見たら誤解するだろうなあ。
リセリア――いや、リンは、そっと頭を抱えたくなった。